京都の繁華街、四条河原町周辺から南側へ少し下がったところに、立派な門構えをした学校が建っています。
この「開智小学校」はかつて周辺の子どもたちが数多く通っていましたが、平成4年(1992年)に統廃合により惜しまれながら閉校となりました。その建物を利用して開館したのが、今回ご紹介する「京都市学校歴史博物館」。学校の歴史に関する資料を紹介・展示している、全国でも大変珍しい博物館です。
※この記事は掲載時(2012年8月)の情報に基づきます。
京都MUSEUM紀行。第七回【京都市学校歴史博物館】
京都の繁華街、四条河原町周辺から南側へ少し下がったところに、立派な門構えをした学校が建っています。
この「開智小学校」はかつて周辺の子どもたちが数多く通っていましたが、平成4年(1992年)に統廃合により惜しまれながら閉校となりました。その建物を利用して開館したのが、今回ご紹介する「京都市学校歴史博物館」。学校の歴史に関する資料を紹介・展示している、全国でも大変珍しい博物館です。
「開智小学校」は、京都に64校ある「番組小学校」と称された小学校のひとつです。
明治政府が正式に学校制度を定める明治5年(1872年)よりも前の明治2年(1869年)、京都では全国に先駆けて「番組 小学校」と呼ばれる学区制の小学校が設立されていました。さらに驚くことに、「番組小学校」創立の中心を担ったのは行政ではなく、町衆(*1)たちだったのです。
幕末の動乱や天皇の東京への移動もあり、明治維新後の京都は大変な打撃を受けていました。危機感を持った町衆たちは、京都を立て直すため産業を支える良い人材を育てることが急務と考えました。そこで彼らは自らお金を集め、足りない分は借金をしてまで小学校を作り、地域ぐるみで管理運営までを行ったのです。明治の初期に、民間で学校を建てた例は他の地域にはありません。
京都市学校歴史博物館は、「番組小学校」をはじめとした京都独自の教育の歴史、そして学校を作った町衆たちの情熱を全国に紹介することを目的に、平成10年(1998年)に設立されました。
※ 京都ではかつての番組学校の建物を再利用した施設が他にもいろいろあります。
現在の京都芸術センター(元明倫小学校)や京都国際マンガミュージアム(元龍池小学校)がその例です。
巨大な教科書が目印の教科書の部屋。明治~戦中、戦後までのさまざまな教科書のコレクションが展示されています。教科書の内容は各時代の状況が反映されており、戦争が近い時期は戦車や軍艦などが取り上げられています。戦後に軍国主義的な内容のページが墨塗りされた「墨塗り教科書」も墨のない元の状態の教科書と一緒に展示され、見比べることができます
大きな太鼓や火消しが持つ纏(まとい)といった意外な物も展示されています。これも立派な小学校の備品です。番組小学校は当時、公民館や消防署、お役所の出張所まで担う「地域の総合施設」でもあったのです。太鼓は時報の役割、纏はそのまま消防署としての役割を示す貴重な資料です。地域の人々の暮らしとも密着した存在であったことがよく分かります。
現在では小学校で歌の授業は普通に行われていますが、実は音楽(唱歌)の授業を日本で初めて取り入れた地域は京都です。
音楽の授業にはピアノやオルガンは欠かせません。博物館には「子供たちの音楽の教育のために」と町衆たちが寄贈したピアノやオルガンも展示されています。ピアノは、プロのピアニストも愛用する名器・スタインウェイ(*2)。
大正~昭和初期に輸入された物で、当時は借家が10軒以上は建つほどの高価なものだったそうです。町衆たちの行動からは、教育に対する熱意がひしひしと伝わってきます。(当時は感激のあまりピアノの下で寝泊りしてしまった先生もいたのだとか)
京都ではほかの地域にはないユニークな教育が行われていました。それを強く示す資料のひとつが、日本画の教科書です。
焼き物や染物など京都を支える伝統産業は、絵の素養が必要なものが多くあります。そのため、京都の町と産業を支える人材育成を目的としていた番組小学校では、子供のころから絵を学ばせたのだそうです。
その教育の成果でしょうか、京都からは数多くの高名な芸術家が輩出されました。彼らは成功の後、自分が卒業した小学校に自らの作品を寄贈したのです。
学校歴史博物館のエントランスには、卒業生の作家たちが自らの母校に贈った絵画や工芸品が期間を決めて展示されています。作者は上村松園、山口華楊、近藤悠三、北大路魯山人など、 錚々たる面々ばかりで驚かされます。なかには学校であるにも関わらず美術館と思えるほど、多くの美術品が飾られていたところもあったそうです。
これほど素晴らしい美術品が身近にある環境で京都の子供たちは過ごしていたのかと思うと、なんだかうらやましい気持ちにさせられます。
(現在学校歴史博物館では美術工芸作品は約2,000点が収蔵されています(うち1,500点は各学校が所蔵する寄託品)。作品は、常設展のほか、企画展などで順次公開されています。)
学校歴史博物館の展示品は、ほとんどが京都の学校で実際に使われていた物です。最近は少子化や学校の統廃合により閉校となる学校が増えたため、学校に置かれていた品々が学校歴史博物館に集められているそうです。
「京都の学校は地域の文化財です。地域に伝わる歴史や人々の思いが詰まった品々を守り伝えていく、この博物館はそんな場所でもあります」と仰っていたのはご案内くださった学芸担当の和崎光太郎さん。
番組小学校は、町の将来を担う人材を育てるための存在であり、地域の生活の中心的役割も担っていました。だからこそ、先生や生徒だけでなく地域ぐるみで「我らが学校」を支えていくという意識が強かったのでしょう。京都の番組小学校の姿は、現代においても学校のあるべき姿や役割を考える上で、大きな道しるべと言えるかもしれません。
「学校は、誰もが一度は通った場所です。色々な世代が同時に見ても分かりますし、楽しめます。そして京都の文化のひとつである「教育」を、他の地域の方に伝えることもできます。「学校」という存在の意義や面白さを、より多くの方に知ってもらえる場所でありたいと思っています」と、最後に和崎さんは仰っていました。
大人には懐かしく童心に返ることができ、若者や子どもにはとても新鮮な気持ちが味わえる。そして同時に、「学校とは何か?」を改めて考えさせてくれる博物館です。
今度のお休みは、街中から足を伸ばして、ちょっと博物館まで「登校」してみてはいかがでしょうか。(取材時は学芸担当の和崎光太郎様にご対応・ご案内を頂きました。この場を借りて御礼を申し上げます)
*1:ちょうしゅう(まちしゅう)。京都の裕福な商工業者たちのこと。江戸時代の町人にあたる。現在も祇園祭などの中心を担うなど、経済・文化の中心的位置を占めてきた。
*2:スタインウェイ・アンド・サンズ(Steinway & Sons)。アメリカのピアノメーカー。世界のピアノメーカー御三家のひとつに数えられ、多くの伝説的なピアニスト・作曲家の信頼を集めている。
〒600-8044
京都市下京区御幸町通仏光寺下ル橘町437
9:00~17:00
(入館は16:30まで)
水曜日(祝日の場合は翌平日)
電話番号: 075-344-1305
FAX番号: 075-344-1327
大人:200円(団体160円)、小人:100円(80円)
※ 団体20名以上
※ 団体での見学の場合、職員の解説がつきます(要予約)
※ 京都市内の小中学生は土・日曜日無料
※ 身体障害者手帳をお持ちの方、及び介助者(1名)は無料
※ 車椅子での見学:可
【阪急電車】
* 「河原町」駅下車、南西へ徒歩5分
【京都市営地下鉄】
* 烏丸線「四条」駅下車、南口改札から東へ徒歩10分
【京都市バス】
* 「四条河原町」下車、河原町通より西へ2筋目を南へ徒歩5分