アートを生み出すひとたちのことば ~KYOTO CREATORS INTERVIEW~

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樂雅臣(らく・まさおみ)さん(彫刻家)

December 28 Wed, 2016

石彫との出会いは「一目ぼれ」でした。

―― 樂さんが作家を目指された時期やきっかけについて教えてください。

樂家は450年以上、ものづくりを生業としてきた家です。そんな環境で育ったからか、自然と自分も何か表現をする道に進みたい、と思っていました。はっきりと意識したのは中学生のときですね。でも、その時点ではまだ何を作ろうかとまでは考えていませんでした。

Rakumasaomi_pf03.jpg何となく自分が後を継ぐ身ではないことは周りの様子を見ていても感じていて、陶芸をしなければならない、というわけでもなく、父や母も陶芸をやれとは言わなかったので、自分の表現の道を探していました。彫刻を始めたのも大学に入ったときです。それも、父や祖父も同じ東京の美術大学で彫刻科に行っていたので、その流れで、という感じでした。

その大学に入って一番最初の授業で出会ったのが「石彫」でした。これがとても面白くて、すごく自分に合っているように感じて。まさに一目ぼれでしたね(笑)
僕の行った大学では、石、木、鉄、塑像、と彫刻の素材を授業で一通り扱うことになっています。なので木彫など他の彫刻も学んだのですが、石彫では鑿(のみ)やハンマーといった道具も自分の手に合うように作る必要があります。作品作りは道具を作るところから始める、その一連の流れがとても好きで、すっかりハマってしまいました。

また、実家の樂家で代々作っている樂茶碗は陶器ですが、釉薬の原料として加茂川など京都で採れる石を使っているんです。その石を砕いて作った釉薬を素焼きの器に施すことで、黒い色を出している。そういう釉薬用の石が周囲にたくさんありましたので、石は僕にとって身近な存在でした。大きな石の塊が人の手に渡って加工され、茶碗に姿を変える。その流れを小さいころから見て育ちましたので、石を扱うのにも馴染みやすかったのかもしれません。
 

石は自然のもの。
支配するのではなく対話しながら、形を作っていきます。


―― 樂さんの思う石という素材の魅力はどのようなところにあるのですか。

石には石、木には木、鉄には鉄、彫刻で使う素材にはそれぞれ違った魅力があると思います。仮に僕の作品を粘土で表現したら、まったく違う表情になるでしょうから。

僕としては石の魅力は、その存在感や緊張感にあると思います。
また、石という素材は朽ちない、長く残るものとして、モニュメントなど保存の観点を重視される印象があると思うのですが、僕の場合、別に自分の作ったものを永く残したい、という気は一切ないんです。石でも自然のものですから、時間が経てば徐々に角が取れたり苔むしたりして、いつかは自然に還っていく。そういう時間の経過のなかで起きる“自然の流れ”というものを感じられるのが、僕は好きなんです。僕が作った石彫もすぐに何か変化が起きるわけではありませんが、10年後、30年後になってどうなっているかを見てみたいなと思うんですよね。

―― 作品制作のイメージはどのようなときに思いつくのですか。

これといって決まったパターンはないですね。彫る石を選んでから形を考えることもありますし、言葉からイメージを膨らませることもあります。例えば『扇』という作品があるんですけれども、それに対になるものを、と考えた際、「扇」からイメージを膨らませて『烏帽子』という作品が生まれました。平安貴族の持ち物繋がりですね。

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(左)輪廻 扇|2010年 / (右)輪廻 烏帽子|2009年

 

一応、事前にイメージスケッチやデッサンはしているのですが、思いついたときにその辺の裏紙に書いてしまうので後々残そうという気がない(笑)あくまでイメージを描き留めるメモであって設計図ではないんです。平面に描いたスケッチは平面で見る上では良さそうに見えたりするけれど、いざ作り始めるにあたって直接石にデッサンしてみるとスケッチの通りにはならなかったりしますし。平面だと立体ではやっぱり見え方が違うんですよね。

作品がどんな形になるかは、最初に大まかに石を割る時点で決まります。その際、イメージとはちょっと違っていることもよくあります。でもそれはそれでいいんです。石は自然のものですから、割れる角度がどのくらいになるのか、割口にどういう表情が出てくるかは鑿(のみ)を入れるまで誰にもわからない。自然のものは必ずしも人の思い通りに支配できるものじゃないですからね。そのときそのときの割口や状態を見て、石を支配するのではなく対話しながら、形を作っていきます。その結果、出来上がったときには当初のイメージと全然違うものになっていることもあります。
 

自然と生命の象徴 ――「くちばし」から「輪廻」「stone box」へ。

―― 素材はどのような基準で選ばれていらっしゃるのでしょうか。

石は、岐阜にある石材屋さんに直接出向き、原石の中から作品に合う色味や表情のものを選んでいます。例えば『輪廻』シリーズにはジンバブエ・ブラックという黒御影石を使っています。黒い色の中に雲母のような微かなきらめきがあり、これが日本の和紙のような表情を醸し出し、作品にしたときに温かみも感じられます。また、黒い石ならではの重厚感や存在感が気に入っています。

―― 『輪廻』シリーズは樂さんの代表作ですね。こちらはどのようにして生まれたものだったのでしょうか。

一番最初、20代のころに手がけたシリーズ作品ですね。この『輪廻』というタイトル自体は仏教用語なのですが、僕としては自然の摂理、生と死の循環といったものをイメージして名付けたもので、作品の形自体もそのコンセプトを表しています。
 

「創造の始まり」2004年
創造のはじまり|2004年

 

きっかけというかルーツになったのは、大学の卒業制作で作った「くちばし」をモチーフにした『創造の始まり』という作品でした。僕の処女作のようなもので、ペリカンのくちばしから日本神話の“国生み”の話をイメージして作ったものです。

ペリカンが水を飲むときに、くちばしで水をかき回している姿からイザナギ・イザナミが天沼矛(あめのぬぼこ)で混沌の海をかき回して日本列島を作る場面が思い浮かんだんです。

また、大学院のときの研究テーマが「象徴と造形」だったので、“象徴的な造形”をと考えて、くちばしにしたんです。鳥の姿をそのまま作ったら象徴ではなくて具象ですし、ただの「鳥」の彫刻になってしまいますから。それで他の部分をぱーんと取り除いてくちばしだけにして、それを国生み神話の矛に見立てて“原初の始まり”の象徴としたんです。それからしばらく、くちばしをモチーフにした作品をいくつか作っています。

それに、30代になってから始めた『stone box』というシリーズも、この「くちばし」をモチーフにして生まれたものなんですよ。
 

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Stone Box 華針|2016年|Photo:Uruma Takezawa


鳥がくちばしで木の実を食べ、離れた別の土地へ飛んでいき、そこで種の混じった糞をする。その種が芽吹いて木となり、その土地に生命の息吹をもたらす。そこから、鳥の「くちばし」が幸せを運んできてくれる象徴、みたいなことを考えたんです。そこからイメージを膨らませて作ったのが『stone box』です。くちばしって上下に開くじゃないですか。なので作品も開くようにして、それで箱の形になりました。
これも、作っているうちに抽象化が進んで、鳥のくちばしらしいものだけじゃなく、くじらのような形のものとか、変化もしています。
 

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(上)雄刻|2008 / (下)雌刻|2008

他にも『雄刻(おのきざみ)』『雌刻(めのきざみ)』という作品があるのですが、こちらは文字通り男性と女性をイメージしたものになっています。『雌刻』は女性的な少し丸みがある器のような形で、対する『雄刻』は男性的な、角ばっていて堅さや鋭さ、力強さを感じる造形にしています。展示するときも狛犬の阿形・吽形のように対にすることが多いですね。これも生命の象徴としての男性と女性、生と死、自然において常に表裏一体であるものであるという意味を込めています。何かと何かが“対”になるイメージは常に考えているところです。男女と同じように、自然のなかではひとつでは成り立たないものがたくさんありますから。
 

彫刻としての魅力と石という素材の魅力、その両方を見てほしい。

―― この度開催される2017年1月の展覧会(※「彫刻家 樂雅臣展」美術館「えき」KYOTO)は、樂さんにとっては初めての美術館での個展だと伺いました。どのような展覧会にしようと考えていらっしゃいますか。

ギャラリーさんや画廊さんのスペースでしか展示をしていなかったので、美術館のスペースを一人で使って展示をすることは初めての機会です。今回の展覧会では、過去の作品と新作を合わせて一堂に展示させていただく予定です。これまではシリーズごとに展示していたのですが、複数の作品を同時に見せることになるので少し違った感じになります。

Rakumasaomi_pf02.jpg構成としては、黒御影石(ジンバブエ・ブラック)を用いた作品のブースと、光を透過する大理石(オニキス)を用いた作品のブースを対比させる感じを考えています。

自分の中で、御影石の“黒”は彫刻したときにその形がよく映える色だと思うんです。光を吸収する色ですし、影がとてもきれいに見える。それが石の持つ存在感や緊張感といったものを引き出してくれるんです。

対してオニキスは色が明るく鮮やか。どちらかというと色鮮やか過ぎて、彫刻の形よりも石そのものの魅力に目がいきます。明るい色は光を透すし反射してしまうので、レリーフとか細かい彫りは見えずらくなる。何かあれこれ加えるには向かない。一口に石といっても全く違う個性や魅力があるんです。
彫刻としての魅力と石の魅力、両方を見てもらって、その中に自分のイメージや形がある。これを感じてもらえればと思います。

それと、以前別の展覧会で、会場の都合もあってやむを得ずガラスケースに入れた状態での展示をしたんですが、石の質感や存在感って、ケースで隔てられているとどうしても薄れてしまうんですよ。それがとても残念で。野外展示・屋内展示問わず、隔たりのない自然の姿を直接見て欲しいです。今回は個展ですから、展示する以上、自分の世界観を出していきたいと思うので、今回は展示する作品の位置や作品の置き方、台座まで、クリエイティブディレクターのおおうちおさむさんと一緒に考えて決めています。今まで作ってきた世界観をうまく伝えていきたいですね。

―― なかなか美術館で石彫だけをたくさん並べるという機会は少ないですし、色々な石彫を眺めて見比べることができる点でも他にないものになりそうですね。

今の日本だと文化的にあまり美術として石を見ることが少ないと思うんですが、神社の狛犬とか灯篭、あと石畳とか家の基礎とか、意外と日本人の身近なところに石はあるんですよね。なので結構なじみやすいものだと思うんです。自分の作品を通して、そこに親しみを持ってもらえたら嬉しいですね。
 

「そのときにしか作れないもの」を作り続けたい。

―― 今後、新たに取り組んでみたいことなどはおありですか。


 

Rakumasaomi_pf04.jpg今年(2016年)からオニキスの作品を始めたところですし、いろいろあるんですけど、まだ考え中なので…あえて言わないでおきます(笑)

それに、今まで自然をコンセプトにしたものを作ってきましたが、これからもその理念は変わらないし、自分の中でも変えられないと思うんです。そういうのって、結局昔から考えていることがずっと続いて、今に至っているものですから。

人の展覧会を見に行ったとき、「これ○○に影響されているな」と感じることはしばしばあって、特に現代アートだとよく見かけます。でも自分は他人の作品に影響されるということが全然ないので、何でなんだろう、と不思議に思っていたりします。この形がいいなあ、といった発想は人の作品からは受けないんですよね。もちろん好きな作品や作家がいないわけではなくて、シュルレアリスムの、ダリやキリコとかの作品が好きなんですけど、僕の作風とは全然違うでしょう(笑)

Rakumasaomi_pf06.jpg他人の作り出したものを見るのは好きなんですけれど、そこから何かを自分の作品に反映させようという気はないんです。やっぱり自然の営みに見える美しさとかを取り入れたものを作りたいんですよね。扱っている素材自体も自然のものですし。自然から生まれた石を組み合わせて何かをするのであれば、その発想も自然の中にある形や色味などから取り入れたいと思っています。

―― 作り出すものの方針がまったく変わらない、というところは本当にすごいことだと思います。その点が樂さんの表現や世界観を支えていらっしゃるのですね。

悪く言えば昔から全然変わっていない、進歩していない、と言えるかもしれませんが(笑)

Rakumasaomi_pf05.jpg樂という家に生まれたことも関係はあると思います。何百年も茶碗を作り続けて成り立つ家は京都でなければ有得ないでしょうし、切っても切れない。僕自身もあの家に生まれなければ今の自分はなかったと思います。
とにかくものを作るということが身近にあって、幼いころからものづくりが大好きだったので、その分自分はどういう表現をしたいんだろう、とずっと考えて続けてきました。

それに、子供のころは粘土が玩具代わりに渡されていたので、それでよく何かを作って遊んでいました。大体キリンとかワニとか動物でしたね。それを父が残していてくれて、以前祖母の油絵や兄の作品と一緒に展示したことがあったんです。子供の作品なので技術も表現力もまだまだ拙いんですが、これがすごくいいんですよ。余計なことを考えずに、そのときに作りたいものを作りたいままに作った、って感じがして。周りの何かに影響されていない、何にも染まっていない作品でした。
子供のころに作れていたそういう作品を、もう一度作ってみたいんですよね。そのときの心のままに作ったものを。

クオリティが高いか低いかは別にして、そのときの作品にはそのときならではの良さが絶対にあるんです。そのときの魅力は、そのときにしか作り出せないですから。

―― 展覧会で展示される作品は、“そのとき”の積み重ねなんですね。

そうですね。だからこそ、“そのとき”を逃さないように、これからも一生懸命作り続けたいと思っています。

―― ありがとうございました!

 

作品画像:©Masaomi Raku |Courtesy of imura art gallery


 

Creator's Profile:樂 雅臣

Rakumasaomi_pf01.jpg
1983年 千家十職・茶碗師 樂家 十五代吉左衞門氏の次男として京都府に生まれる
2008年 東京造形大学大学院美術研究領域造形研究科修了
2009年 日本文化界訪中団 北京・上海・西安を訪問 日本中国文化交流協会
2012年 京都市産業研究所陶磁器コース修了

作家ホームページ:http://masaomiraku.com
 

■ 主な個展

2008年 「白の鳥 ~有形無形の流転~」 みゆき画廊(東京)
2010年 「樂雅臣彫刻展」 T's gallery(大阪)
2014年 「ひつ ~stone box~」 Gallery 座 Stone(東京)
2015年 「樂雅臣 個展」 賀茂別雷神社(上賀茂神社/京都)
2017年 「彫刻家 樂雅臣展」 美術館「えき」KYOTO(京都)
           「樂雅臣 個展」 imura art gallery(京都)
 

■ 主なグループ展

2011年 「ten5 Vivo」 松本市美術館(長野)
    「超京都」 名勝渉成園 アートフェア(京都)
2013年 「小さな彫刻展」みゆき画廊(東京)
2015年 「PROPORTIO」Parazzo Fortuny(イタリア)
           「August Harmony ~未来の風を感じて~」みゆき画廊(東京)
2016年 「Art Stage Singapore 2016」マリーナ・ベイ・サンズ(シンガポール)
           「吉左衞門X 樂吉左衞門 樂篤人 樂雅臣
              ~初めての、そして最後の親子展~」佐川美術館(滋賀)
※その他展覧会多数
 

■ パブリックコレクション

佐川美術館 樽・路地庭石組(滋賀)
佐川急便「日中友好25周年」中国人民対外友好協会友誼館(中国)
関西学院大学(兵庫)
久保惣記念美術館(大阪)
Kagizen Zen CAFÉ(京都)
ザ・リッツカールトン京都
座STONE(東京)
岡田美術館(神奈川)
フェルケール博物館(静岡)

 


 

関連展覧会

2017年1月2日~1月17日「彫刻家 樂雅臣展」 美術館「えき」KYOTO
2017年1月2日~2月10日 「樂雅臣 個展」 imura art gallery

※関連展覧会情報は取材・記事掲載時のものとなります。


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京都にゆかりのある今注目のアーティストさん・クリエイターさんに毎回お話をうかがっていくインタビュー連載です。京都から生まれた作り手の生の声をぜひご覧ください。 (協力:imura art gallery)

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