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【レポート】美しい春画-北斎・歌麿、交歓の競艶-(細見美術館)

2024/09/30

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「美しい春画-北斎・歌麿、交歓の競艶-」会場風景より
左手前:鳥文斎栄之《貴人春画巻》【通期展示】

人の性愛・性行為を題材にした「春画」。特に江戸時代に浮世絵の1ジャンルとして盛んに制作されましたが、明治以降に西洋の倫理観の影響で春画は秘すべきものとされ、以来長くタブー扱いされてきました。しかし2013-14年に大英博物館で開催された「春画 日本美術の性とたのしみ」、その後2015-16年には日本初の本格的な春画展が東京(永青文庫)と京都(細見美術館)が開催されたことを機に認識が変化し、少しずつ取り上げられる機会が増えてきています。

それから8年。再び細見美術館で春画に注目した展覧会、「美しい春画」が2024年9月7日から開催されています。前回の展覧会以降、日本でも春画のコレクションや研究が進んだことを踏まえ、今回は単に春画というジャンルそのものを紹介するだけでなく、肉筆画(絵師直筆の一点もの)を中心に春画の美しさそのものにスポットを当てた内容となっています。
この記事では、そんな展覧会の見どころや展示の様子をご紹介します。

※この展覧会は18歳未満入場禁止です
※展示風景・作品画像はWebでの掲載に問題のない程度に加工・調整させて頂いておりますが、閲覧時にはご注意ください。
※時期により一部展示替となる作品がございます。観覧時期によっては記事と内容が異なる場合があります。予めご了承ください。

そもそも「春画」ってなに?

「春画」とは、人間の性愛・性行為を描いた絵画のことで、日本では平安時代には描かれるようになっていたそうです。その後、人間の生活や営みを題材とした風俗画が隆盛。当初は洛中洛外図のように街全体の様子を描いていたものが、江戸時代に入ると次第に人の生活がクローズアップされ、美人画のように個々人を描くようになり、その流れに伴って春画も発展していきました。個人の営みにおいて最も親愛・親密な瞬間を描いた春画は、風俗画の極地ともいえます。

また、春画は性愛を描いたものですが、単にエロティックなものというわけではなく、その内容はおおらかでユーモアもたっぷり。男女だけでなく同性同士、中には人外相手のこともあるなど内容もバラエティに富んでいます。当時の人は「笑い絵」「和印」と呼んで貴賤も男女も関係なく楽しみ、嫁入り道具や縁起物として扱われることもありました。

江戸後期になると、好色華美の浮世絵は風紀を乱すとして幕府から出版を禁止されたため、春画は表での流通はできない、アンダーグラウンドの存在となりました。その後の春画は希望する人だけの限定生産や個人注文を主体に密かに作られるようになります。その分、表の出版物に課せられるような制約がないため、描き手が自由な発想と技術の粋を集めた豪華で美しい作品が多数生み出されました。

自由で、おもしろく、美しき「春画」の世界。

春画のルーツも上方から。風俗画春画の世界

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「美しい春画-北斎・歌麿、交歓の競艶-」会場風景より
狩野山楽・英一蝶《鶺鴒巻》ミカエル・フォーニッツコレクション【頁替え有り】

展覧会はまず、浮世絵の春画のルーツからスタート。春画と言えば浮世絵!浮世絵といえば江戸!というイメージが強いですが、そのルーツである風俗画は、元々京都をはじめ上方(関西)で描かれた市井の人々の生活を描いたもので、その延長として性描写も題材にされていました。
第一展示室ではそんな「上方春画」作品が紹介されています。やまと絵の代表格たる住吉派、長谷川等伯にはじまる長谷川派、京狩野の狩野山楽といった、寺院の障壁画を手掛けていたような絵師たちも登場し、「こんな人たちも春画を描いていたのか!」と驚かされます。

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「美しい春画-北斎・歌麿、交歓の競艶-」会場風景より
月岡雪鼎《月次春画花斉画帖》ミカエル・フォーニッツコレクション【頁替え有り】
こちらは最初の頁のため「帯解かず」。頁をさらにめくると親密な状況の絵が見られるそう(後期は頁替え)
描かれている若い夫婦は一緒に春画帖を広げようとしているような雰囲気です。
截金の装飾や懸物の繊細な表現も美しい作品。

また、江戸時代の上方にも腕の良い浮世絵師が多くいました。その代表として紹介されているのが、大阪の画壇で活躍した月岡派の浮世絵師、月岡雪鼎・雪渓親子。特に雪鼎は美人画の名手で春画も非常に得意としており、大変人気だったといいます。季節ごとに若者から熟年夫婦まで年齢の違うカップルを描いた作品など、テーマも工夫されています。色彩も美麗!
雪鼎の春画はたまたま天明の大火でも納められていた蔵が焼け残ったことから火災除けのお守り、縁起物としても大人気になったのだとか。

美人画の名手が腕を振るう!技とユーモアの春画たち

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「美しい春画-北斎・歌麿、交歓の競艶-」会場風景より
喜多川歌麿《夏夜の楽しみ》(部分)【通期展示】

第一展示室の奥からは葛飾北斎や喜多川歌麿が登場!特に目を引くのは歌麿の横幅1mもある大きな春画「夏夜の楽しみ」。睦みあう若い男女カップルを描いた作品で、今回が日本では初公開となります。歌麿といえば江戸の美人画の代名詞的存在ともいえますが、その真骨頂が存分に発揮されています。
男性と女性の肌の色味の微妙な違い、影のつけ方は温度感や生命感を感じさせます。そして毛の一本一本まで丁寧に描かれた線が本当に繊細!版画はどうしても手描きに比べると主線が太くなって潰れてしまう部分があるので、柔らかな線描は肉筆画だからこそ味わえるポイントです。
タイトルからして元は春夏秋冬の4幅セットになっていたのでは?と考えられているとか。

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「美しい春画-北斎・歌麿、交歓の競艶-」会場風景より
右:喜多川歌麿《階下の秘戯》似鳥美術館蔵【通期展示】

第2展示室の冒頭にも同じく歌麿の春画掛軸(上の写真右手)が展示されています。こちらは若いカップルが陸み合っている様子にあてられてしまった台所番の女性が、近くに合った大根で自分を慰めているという場面で、滑稽さの方を前に出した内容です。春画が「笑い絵」とも呼ばれた意味を実感できる作品です。

しかし基本的に春画は本や絵巻物など個人が手に取って見るスタイルが主流のところ、これらが何故部屋に掛けて複数人で眺めて楽しむ掛軸に仕立てられたのか理由はまだ謎が多いそうです。どんなシチュエーションで飾っていたのでしょうか?少なくとも「一人でこっそり楽しむもの」というイメージだけに春画は当てはまらないということはわかります。

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「美しい春画-北斎・歌麿、交歓の競艶-」会場風景より
『袖の巻』鳥居清長 国際日本文化研究センター蔵【展示替有り】

こちらも美人画の名手として高く評価されていた鳥居清長の作品。
細く横長にカットされた画面に人間の表情をアップした大胆な構成の作品はセンスが光ります。皆表情が明るく描かれているのも印象的で、春画はポジティブなもの、幸せな瞬間を描くもの、という認識が伝わってきます。

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「美しい春画-北斎・歌麿、交歓の競艶-」会場風景より
勝川春草《初宮参図絵巻》似鳥美術館【頁替え有り】

その考え方が反映されているのが、お見合いや結婚式、子どもが生まれるまでの過程を含めて描かれた春画絵巻。嫁入り道具として娘に持たせるために作られたと考えられています。
春画は単なる楽しみというだけでなく、人に愛され家族に恵まれる幸せな人生を送ってほしい、という祈りも込められていたのかもしれません。

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「美しい春画-北斎・歌麿、交歓の競艶-」会場風景より
《金瓶梅》歌川国貞【展示期間:10/14まで】

他にもユニークな作品が多数!例えばこちらの歌川国貞の《金瓶梅》は、国貞が挿絵を担当した曲亭馬琴の長編小説『新編金瓶梅』に基づくもの。どうやら読者が国貞に個人的に依頼して描いてもらったもののようで、元の本を読んだ人にはどの場面と繋がるかちゃんとわかる構成になっているそう。いわばファンが公式イラストレーターに描いてもらった二次創作です。鮮やかな極彩色も細部まで丁寧な描写も、背景に至るまでこだわりが感じられ、国貞の気合いも伝わってきます。

北斎幻の傑作「浪千鳥」三種見比べの贅沢!

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美しい春画-北斎・歌麿、交歓の競艶-(細見美術館)会場風景より
葛飾北斎《肉筆浪千鳥》【通期展示】の一部。
写真ではわかりにくいですが、背景は全て雲母が塗られキラキラと輝きます

第三展示室は葛飾北斎の作品のみ、しかも北斎の春画の中でも最高峰とされる傑作「浪千鳥」を中心とした構成となっています。
特に本展の目玉である「肉筆浪千鳥」は1976年にフランスで1度展示されたきり、一般の目に触れることがなかったという幻の傑作。日本での公開は今回が初の機会です。
また、今回は主線のみ版画で摺り手彩色し、かつて春画の最高峰とされた「浪千鳥」と、通常の浮世絵と同じく多色木版刷で制作され、「浪千鳥」とほぼ同図様であると注目されている「富久寿楚宇」も併せて展示。肉筆画をあわせて3種の「浪千鳥」シリーズが全て揃った状態で鑑賞できます。
浮世絵は散逸していることも多いため複数のシリーズ作品をすべてそろえることが難しく、今回は専門家から見ても空前絶後の機会だそう。

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「美しい春画-北斎・歌麿、交歓の競艶-」会場風景より
葛飾北斎《富久寿楚宇》(左・多色木版画)《浪千鳥》(右・木版画に手彩色)【どちらも通期展示】の一部。
図様は同じでも、人物の表情や着物の柄などがそれぞれ異なって描き分けられている点に注目。

「肉筆浪千鳥」は鮮やかな色彩、肌や着物など描くものによって丁寧に色分けされた線など、絵師・北斎の技量が存分に発揮されています。絵師が直接描いた肉筆画ならではの、版画では難しい毛の一本一本、着物の柄のひとつひとつまで手の行き届いた繊細な描写は圧巻です。
また、多色木版画の「富久寿楚宇」と手彩色版画の「浪千鳥」は同じ図様を並べて展示されているので、版画と手描きの表現の違いを見比べて楽しめます。

ちなみに「浪千鳥」と「富久寿楚宇」では、どちらが先行するのかは現在考証が続けられているとか。なぜ手法を変えて複数作られたのか?先に肉筆画が作られ好評だったから版画で量産したのか。はたまた版画で好評だったからと誰かが肉筆画を注文したのか。制作の過程にも思いをはせてみたいところです。


「春画」と聞くとちょっとドキドキしてしまいますが、そこにあったのは性愛を人の営みのひとつとして当たり前にあるものとして明るく受け止めている姿勢でした。見ていて嫌な気持ちには決してなるものではなく、当時の人々は男女とも対等に春画を楽しんでいたということもうなづけました。
実際、春画に書き添えられた登場人物のセリフ等には、一方的ではなくカップルの双方が幸福を享受している旨が書かれているそう。春画は他者と最も親密に接する瞬間を描いている、だからこそポジティブで幸せなものだ、と江戸の人々は認識していたのかもしれません。

春画は表に数が出回らず、なかなかまとまった数で見られる機会はないので、ぜひこの機会に見ておきたいところ。絵師や摺師の技量がこれでもか!と発揮されているところも、浮世絵の表現力の粋を存分に感じられます。ぜひお見逃しなく!

開催は11/24まで(一部展示替有り)

美しい春画-北斎・歌麿、交歓の競艶-(細見美術館)

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