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【レポ】パリ ポンピドゥーセンター キュビスム展―美の革命 ピカソ、ブラックからドローネー、シャガールへ(京都市京セラ美術館)

2024/04/15

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「キュビスム展―美の革命」展示風景より(京都市京セラ美術館/2024年)

2024年3月20日より京都市京セラ美術館で開催の「パリ ポンピドゥーセンター キュビスム展―美の革命 ピカソ、ブラックからドローネー、シャガールへ」。日本では約50年ぶりの開催となる、「キュビスム(キュビズム)」に焦点を当てて紹介する大規模展覧会です。

フランス・パリにある世界屈指の近現代美術館、ポンピドゥーセンターのコレクションを中心に、約130点もの作品が展示されています。

しかし「キュビスム」という言葉自体は聞いたことがあっても、実際のところよくわからない...という方も多いのではないでしょうか。ピカソの描いたやつ?色々なものがごちゃ混ぜに描かれたような絵?正直何が凄いのか、どう見たらいいのかわからない、なんだか難しそう...そんな印象の方もいらっしゃるかもしれません。

そんな人も大丈夫。今回のキュビスム展は「キュビスム」のはじまりからの歴史を、パリ・ポンピドゥーセンターのコレクションの数々で紹介した、いわば教科書のような内容になっています。今回のレポートでは、その見どころを内覧会の様子とともにご紹介します。

そもそもキュビスムとは?

「キュビスム」とは、20世紀初頭にフランス・パリで活動していたパブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックの二人が創りだした芸術運動のことです。

「キュビスム」が画期的だったのは、それまでの美術の表現における常識やものの見方を大きく覆したこと。それまでの西洋美術、特に絵画においては、遠近法を基本に、空間をできるだけ現実の視界に近い姿で画面に表現するのが当たり前でした。しかしキュビスムは、モチーフの様々な角度からの見え方、背景にあるもの、心情など、関連するさまざまな要素を画面上でパズルのように再構成し、ひとつの作品にすることを試みたのです。

"見えるままに描く"ことに捉われない表現を求めたキュビスム。これは同時期の多くのアーティストに衝撃を与え、美術の新しい可能性を拓くとともに、その後の抽象美術などにもつながっていきます。このことからキュビスムは「20世紀美術(現代美術)の真の出発点」ともいわれています。

展覧会の見どころ

今回のキュビスム展は、14章にわけてキュビスムの歴史を時系列順に知ることができる構成になっています。キュビスムの源泉からスタートし、次いでピカソとブラックによるキュビスムの誕生、キュビスムを発展させた"キュビスト"と呼ばれる作家たち、戦争による影響と変化、そして逆にキュビスムの影響を受けたその後の芸術運動までが紹介されます。

キュビスムの源泉と発展

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「キュビスム展―美の革命」展示風景より(京都市京セラ美術館/2024年)

展覧会の冒頭、第1章ではキュビスム誕生のもとになった画家や作品が紹介されます。

キュビスムは何もないところから突然生まれたものではなく、その先駆けといえる存在がありました。本展ではゴーガン(ゴーギャン)やルソー、そしてセザンヌが主に取り上げられています。
ゴーガンはグラデーションによる陰影表現に捉われない平面的な画風、ルソーは奥行を考えない画面構成やパーツのように一点一点几帳面に描かれたモチーフ、そしてセザンヌは対象を色彩の面を組合せた立方体や円錐といった図形の塊として捉えた画風が特徴です。「見たままの遠近感や立体感に捉われない」「面の塊=キューブ(立方体)としてモチーフを描く」この考え方は、ピカソやブラックがキュビスムを追求・発展させていく大きな足掛かりとなります。

また、キュビスムに大きく影響したといわれるアフリカやオセアニアの民族造形美術も展示されています。20世紀初頭のヨーロッパでは、植民地政策によって世界各地の文化や物産品がもたらされ、文化人や芸術家を中心に人々の興味関心が高まっていました。西洋とは異なる文化の品々は、西洋美術の伝統に縛られない、新しい表現の象徴としてとらえられていたのです。

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「キュビスム展―美の革命」展示風景より(京都市京セラ美術館/2024年)
第3章、ブラックの初期キュビスム作品のコーナー。

ピカソは1907年にアフリカ・オセアニアの造形美術に衝撃を受け、それにセザンヌの画風を参考にした《アヴィニヨンの娘たち》(ニューヨーク近代美術館蔵 ※本展不出品)を発表します。それを見て触発されたブラックは続くように同年に《大きな裸婦》を描きました。これがキュビスムのはじまりとされています。二人はほどなくして出会い、親しい友人・同志として交流を深めていきます。
第2章・第3章で登場するピカソやブラックのキュビスム初期の作品を見ると、セザンヌのような画面構成、アフリカの彫刻のような顔の表現など、随所に先達の影響が感じられることがわかります。

また、キュビスムの発展を語る上で欠かせないのが支援者の存在。その代表が、詩人で美術評論家のアポリネールです。アポリネールはピカソとブラックが拠点にしていたシェアアトリエ「洗濯船」に頻繁に出入りして交流を深め、キュビスムを「芸術の大革命」として支持する評論を発表しました。展覧会では彼をはじめ、キュビスムを支援した人々に関する資料も多く紹介されています。

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「キュビスム展―美の革命」展示風景より(京都市京セラ美術館/2024年)
右手前:マリー・ローランサン《アポリネールとその友人たち(第2ヴァージョン)》1909年
左奥:ジョルジュ・ブラック《大きな裸婦》1907年

上の写真の手前にある集合肖像画は、アポリネールの恋人でもあったマリー・ローランサンが描いた《アポリネールとその友人たち(第2ヴァージョン)》。当時の「洗濯船」の仲間たちの様子を今に伝える作品です。中心に座るアポリネールの右隣がピカソですが、ピカソの画風を意識したのか、他の人より目鼻立ちがくっきりと描かれているのがユニークです。

広がっていくキュビスムの世界

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「キュビスム展―美の革命」展示風景より(京都市京セラ美術館/2024年)
第4章、ブラックの分析的キュビスムのコーナー。

第4章には、ピカソとブラックがさまざまなキュビスムの表現を実験した代表作が並びます。モチーフをさまざまな視点からの見え方に分解し再構成する「分析的キュビスム」、さらにモチーフそのもの以外の要素も画面上にコラージュのように貼り合わせる「総合的キュビスム」など、キュビスムの概念の研究が深まるにつれ、モチーフの抽象化が進むなど表現が変化していく様子が見えてきます。

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「キュビスム展―美の革命」展示風景より(京都市京セラ美術館/2024年)

また、本展で注目されているのが、キュビスムに賛同し、ピカソやブラックに追随した同時代・次世代のアーティストたち。彼らのようなキュビスムを志向する作家たちは「キュビスト」と呼ばれ、それぞれがキュビスムの研究・実践を行い、キュビスムを一大芸術運動として発展させていきます。ピカソやブラックのイメージとは違う、こんなキュビスム作品もあったのか!と驚かされます。

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「キュビスム展―美の革命」展示風景より(京都市京セラ美術館/2024年)
右手前:フェルナン・レジェ《婚礼》1911-1912年 ポンピドゥーセンター蔵


第5章で紹介されているのがフェルナン・レジェとフアン・グリス。レジェは幾何学表現に重きを置いた図形的な作風、レジェは、ピカソやブラックの作品が暗めの色彩を使ったのに対し、明るい色彩を使ったキュビスム作品を展開していきます。また、ピカソやブラックが伝統的なサロン(公募展)を避け、画廊で開催する個展やグループ展を作品発表の場としていたのとは逆に、敢えてサロンに最先端のアートとしてキュビスム作品を出品する「サロン・キュビスト」たちもいました。彼らの作品は、6章・7章で紹介されています。

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「キュビスム展―美の革命」展示風景より(京都市京セラ美術館/2024年)
ロベール・ドローネー《パリ市》1910-12年 ポンピドゥーセンター蔵

代表的な「サロン・キュビスト」の一人が、ロベール・ドローネー。今回の目玉作品でもある大作《パリ市》は、モチーフを分解して再構成するキュビスムの表現手法を応用し、"パリ"という街を一画面に凝縮して描いた作品です。このプリズムを通したような輝くように明るい色彩が特徴で、全体がカラフルなモザイク画のよう。中心には3人の女神、背景にエッフェル塔やセーヌ川と橋、船といったパリらしいモチーフが散りばめられています。さまざまなところから引用した異なる要素を一つの画面に描く「同時主義」は、ドローネーが打ち立てた新たな概念でした。また、ドローネーはキュビスムの表現の中でも特に色彩を追求した「オルフィズム」を志向し、画面に置いた色だけでモチーフの形や視覚効果を表す抽象的な作品に進んでいきます。

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「キュビスム展―美の革命」展示風景より(京都市京セラ美術館/2024年)
ソニア・ドローネー《バル・ビュリエ》1913年 ポンピドゥーセンター蔵

ロベール・ドローネーの妻・ソニアも夫の提唱する「オルフィズム」「同時主義」に呼応した作品を描きました。代表作の《バル・ビュリエ》はダンスホールで踊る人々の姿を描いた作品。カラフルなピースで画面を埋め尽くしたような絵ですが、少し離れて見ると、人間が踊っているように見えてきます。色彩だけで空間の広がりや人の動きも表現されているのが凄い作品です。

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「キュビスム展―美の革命」展示風景より(京都市京セラ美術館/2024年)

また、会場には随所にキュビスム作品が展示された展覧会の様子を伝える、当時のパンフレットや新聞といった貴重な関連資料も紹介されています。中にはキュビスムが流行る空気を風刺したものもありますが、それだけ大きなムーブメントになっていたことが伝わってきます。

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「キュビスム展―美の革命」展示風景より(京都市京セラ美術館/2024年)

キュビスムのさらに多彩な展開を感じられるのが、第8・9章。ここで紹介されるのが、ピカソやブラックら「洗濯船」とは異なる流れのキュビスムを目指した「ピュトー・グループ」です。その中心を担った人物が、デュシャン兄弟。長男のジャック・ヴィヨンは版画家、次男のレイモン・デュシャン=ヴィヨンは彫刻家、そして三男はレディ・メイドやコンセプチュアル・アートの概念を提唱し現代美術の先駆けとして知られるマルセル・デュシャンです(マルセルは最初はキュビスムからスタートし、後にダダイズムなど別の方向に進んでいきました)

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「キュビスム展―美の革命」展示風景より(京都市京セラ美術館/2024年)

展示されている大きな彫刻やレリーフは、レイモンの作品。また、ピュトー・グループが建築や室内装飾にキュビスムの概念を取り入れることを試みた建物「メゾン・キュビスト」に関する資料も紹介されています。絵画表現からはじまったキュビスムが、その枠を超えて立体の表現にも進んでいったことがわかります。

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「キュビスム展―美の革命」展示風景より(京都市京セラ美術館/2024年)
左:アメデオ・モディリアーニ《赤い頭部》1915年 ポンピドゥーセンター蔵
右:アメデオ・モディリアーニ《女性の頭部》1912年 ポンピドゥーセンター蔵

第10章~12章では、フランス以外の芸術家たちにも広がっていく、キュビスムの国際的な展開が紹介されています。
第10章の展示室には、イタリア人のモディリアーニ、ロシア(ベラルーシ)出身のシャガールなどがキュビスムの影響を受けた作家として作品が紹介されています。

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「キュビスム展―美の革命」展示風景より(京都市京セラ美術館/2024年)
左:マルク・シャガール《白い襟のベラ》1917年 ポンピドゥーセンター蔵
右:マルク・シャガール《婚礼》1911-1912年 ポンピドゥーセンター蔵

シャガールといえば現実と幻想が入り混じった世界観の作品の印象が強いですが、その作風が生まれた背景には様々な要素を一枚の画面に構成するキュビスム表現の影響がありました。展示品を見ると、最愛の妻ベラの肖像も、ベラの衣服や背景、森の木々も図形を組みあわせたような、キュビスム的な表現がされているのがわかります。

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「キュビスム展―美の革命」展示風景より(京都市京セラ美術館/2024年)
左:レオポルド・シュルヴァージュ《エッティンゲン男爵夫人》1917年 ポンピドゥーセンター蔵
右:エレーヌ・エッティンゲン《無題》1920年 ポンピドゥーセンター蔵

また、11章ではキュビスムを取り入れた東欧圏の画家による作品、12章ではキュビスムをベースにロシアで発展した「立体未来主義」の作品たちが並びます。こちらも日本では全く知らなかったような作家や作品ばかり。イコン(東方正教会系のキリスト教の肖像画)や中世絵画を思わせるものもあったり、こちらも独特の雰囲気。キュビスムのバリエーションの幅広さに驚かされます。

戦争とキュビスムとその先

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「キュビスム展―美の革命」展示風景より(京都市京セラ美術館/2024年)

芸術を大きく変えていったキュビスムですが、第一次世界大戦(1914-1918)を契機にブレーキがかかりました。13章では第一次世界大戦時のキュビスムを取り巻く状況がわかる資料や作品も紹介されています。
第一次世界大戦の際、フランスはドイツと戦うことになります。展示によれば、この時、それまで積極的にピカソやブラックの作品を取り扱っていた画商の一人がドイツ人であったことなどから、「キュビスムは敵の文化だ、キュビスムを愛好する者はドイツの手先だ」と揶揄されたといいます。これに対し、キュビスムの芸術家や批評家たちが反論した作品や論評、そして反戦の想いを込めた作品も展示されています。
この状況に危機を感じてヨーロッパを離れ、アメリカなど他の地へ移る画商や画家も多かったようです。

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「キュビスム展―美の革命」展示風景より(京都市京セラ美術館/2024年)

戦争が終わると、キュビスムは息を吹き返し再び発展していきます。最終章にあたる14章では、戦後のキュビスムの展開、そしてキュビスムから先の新しい芸術運動を紹介。戦争を乗り越えた後、平面絵画フアン・グリスがキュビスムの考えを元に制作した映像作品《バレエ・メカニック》も展示されています。

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「キュビスム展―美の革命」展示風景より(京都市京セラ美術館/2024年)
左:アメデ・オザンファン《食器棚》1925年 ポンピドゥーセンター蔵
中:ル・コルビュジェ《静物》1922年 ポンピドゥーセンター蔵
右:ル・コルビュジェ《水差しとコップ―空間の新しい世界》1926年 大成建設コレクション(国立西洋美術館に寄託)
オザンファンはコルビュジェと共にピュリスム運動を行った中心的人物。

ここで登場するのがル・コルビュジエ。建築家として知られる彼ですが、元々画家としても活動しており、キュビスムに影響を受けつつそれを乗り越えていく新しい表現として「ピュリスム(純粋主義)」を唱えた中心人物でもありました。コルビュジェは現実をそのまま再現するのではなく純粋にモチーフのかたちや本質を捉えたものとしてキュビスムを評価し、その上でより自然で秩序立った構成を求めました。
彼の絵を見ると、キュビスムの幾何学的な図形としてモチーフを捉える感覚を受け継ぎつつ、影で立体感を出したりモチーフの並べ方で奥行も表現されています。コルビュジエはその後自らのスタイルを絵画から建築の世界に広げ、多くのモダニズム建築を生み出していきます。

芸術の革命とも評されたキュビスムは、時代を経て、分野を超えて、次の美術を生み出す土壌になっていったことが感じられます。


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「キュビスム展―美の革命」展示風景より(京都市京セラ美術館/2024年)
こちらはフォトスポット。自由に記念撮影が可能です。

現代の美術では「描き手が自分のイメージの世界を思うままに描き・表現する」ことは普通のことですが、その扉をひらいたのがキュビスム。美術、特に絵画における「こうでなければいけない」というルールを打ち破り、その表現を描き方から素材に至るまで自由なものにしたのです。それまでの常識を発想のレベルから転換することはとても難しいことです。展覧会を通じ、それを成した人々のエネルギーを実感できました。

また、キュビスムが生まれた時代はヨーロッパでは王制・貴族制から民主制へと国の構造が変わり、大きな戦争も起き、社会構造や人の意識も変わっていった時期といえます。作品を通じてキュビスムの歴史を辿ってみると、大きな時代のうねりの中で、自分を自由に表現したいと願う当時の人々の姿が見えてくるようです。

元々興味がある人も、ちょっと難しそう、敷居が高いと感じている人も、まっさらな状態からでも十分楽しめる内容です。この機会に「キュビスム」の世界と、距離を縮めてみてはいかがでしょうか。

開催は7月7日まで。

パリ ポンピドゥーセンター キュビスム展―美の革命 ピカソ、ブラックからドローネー、シャガールへ(京都市京セラ美術館)

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