【京都ミュージアム紀行】立命館大学国際平和ミュージアム リニューアルオープン
約2年にわたり改装工事のため休館していた立命館大学国際平和ミュージアムが、2023年9月に晴れて全館リニューアルオープンしました。展示室や関連施設も含め大幅に生まれ変わった京都の平和ミュージアム。内覧会で取材させて頂いた内容を基に、その様子をご紹介します。
立命館大学国際平和ミュージアムとは?
立命館大学国際平和ミュージアムは、1992年に開設された世界初の「大学立の総合平和博物館」。"東アジアにおける平和創造の拠点"を目標に、主に近現代の戦争と平和の歴史を中心に紹介する展示を行ってきました。2005年に一度リニューアルを行いましたが、その後も大きく世界情勢は変化し、世界を取り巻く諸問題は一層多角化・複雑化しています。この最新の状況に対応し、戦争のことだけに留まらないこれからの平和教育の在り方に合致した展示へのアップデートを行うため、今回約20年ぶり2度目の大規模リニューアルが行われました。
「現在」から「過去」「未来」を繋ぐ場所に
1階は全面が広々とした解放感のあるエントランスに。ここから常設展示室をはじめ各部屋に行くことができる、展示との橋渡しをするスペースという位置づけになっています。
ミュージアムのシンボルである手塚治虫の「火の鳥」の巨大レリーフはそのまま。前後に向かい合う火の鳥は過去と未来を表しているそう。その間にあるホールはいわば「現在」の立ち位置になります。
入口左手には戦没画学生の遺作絵画を展示する「無言館京都館 いのちの画室(アトリエ)」(長野の本館からいくつかの作品を借り受けて展示)が。こちらは以前は2階奥にありましたが、リニューアルに伴いエントランスからすぐに立ち寄れる位置に移転。他にも企画展示室や、講演会などに用いる中野記念ホールもあります。
以前はオフィススペースとなっていた2階は、リニューアル後は資料を閲覧したり事前事後学習に利用できる学習コーナーに。関連図書や資料を集めたメディア資料室と、収蔵資料の閲覧やグループ学習、ワークショップなどに利用できる多目的スペース「ピースコモンズ」で主に構成されています。(ここは入館料なしでも利用可能です)
修学旅行や校外学習などで利用される学生さんも多いことを考慮し、会議室なども余裕をもって多めに確保されています。
印象的なのが、天井の照明。ライン状になっていますが、これは展示室など他の部屋へ照明をガイドラインとして視覚的に誘導するしかけ。「学びと展示室や他の施設は皆繋がりがある」ということを表現しているそうです。
「問いかけ」を通じて「平和」を考えるミュージアムに。
常設展示室の入口はこちら。1階から地下へ降りていく構造になっています。ここから常設展=過去の世界にダイブして行くような感覚です。
以前の常設展示室は主に"過去"―戦争の記憶を中心としたフロアと、"未来"戦後以降の動きや現代の情勢を取り上げたフロアの2つに分かれており、移動の際に展示室の外に出る必要があったため展示の流れが分断される構造になっていました。
これをリニューアルによって一新。常設展示室は1フロアに展示が集約され、過去から未来までを連動したひとつの繋がりで見ることができる構成となりました。
冒頭では導入部として、映像で過去から現在までの歴史や世界を取り巻く諸問題をイメージ映像で紹介。そして「軍隊は必要なのか?」「平和とは何か?」と平和学習の上で浮上するさまざまな問いが投げかけられます。暗い部屋がさらに没入感を高め、スムーズに展示室へ誘導されます。
右上、四半円型の「ピース」に、ポイントとなる「問いかけ」が書かれています。
これを探し、答えを考えながら展示を辿っていく構成になっています。
リニューアル後の展示のポイントは、観覧者に対する「問いかけ」。
「なぜこんなことが起きているのか」「私たちは何ができるのか」そういった問いを随所に置き、その場でなくても観覧者が持ち帰り「自分で考えてもらう」、展示が思考を促すきっかけとなることをコンセプトとした見せ方になっています。
年表展示
メインの展示は「年表展示」と「テーマ展示」の2本柱で構成されています。
壁面伝いになっている「年表展示」は、歩いて順に見て行けば各時代に何が起きたのか、その流れを時系列順に俯瞰できる設計。文章も多いのですが、随所に写真や実物資料が交えられているのでわかりやすくなっています。
中にはタブレットやデジタルサイネージなど、自分で操作して見ることができる部分も。また、各所にさまざまな「問いかけ」がちりばめられ、展示を通じて考えたいことやポイントとなる部分をガイドしてくれます。
現代史はリアルタイムに情報が増えていくもの。
壁面展示では限界がありますが、デジタルならその後の情報も更新し続けられます。
こちらはタッチパネルで各年代のニュースを調べることができます。
壁面年表に取り上げられている時代は、アヘン戦争から、アジア・太平洋戦争、冷戦期、同時多発テロ事件、新型コロナウイルスやロシア・ウクライナ戦争と、近現代史の始まりから直近の出来事までをたどることができます。
壁の年表自体は2020年頃までとなっていますが、その先の話も横に備え付けのタッチパネルでフォロー。最新の出来事も今後どんどん追加して表示できるようにしていく予定だそうです。
過去の出来事も含めて、調べたい時代をここで検索することもできます。
また、戦争関係だけでなく貧困問題や環境問題も「平和」を脅かす要素と捉え、紹介している点も大きな特徴。なんと最新の話題のひとつ「情報災害」について取り上げている箇所もあります(同じニュースであっても媒体によって表現が異なり受ける印象も違うこと、視野がせまくなると真実が見えなくなること)
平和を脅かすものは戦争のようないわゆる非日常的な事項だけでなく、日常の中に普通に存在しているのだと気づかされました。
テーマ展示
戦時中の京都の民家を再現したジオラマ空間。
実際にラジオから音が鳴ったり、当時の暮らしの空気を間近で感じられます。
年表に記載の事項をベースに、背景事情や詳細を知ることができるのが「テーマ展示」。
貴重な写真や実物資料をまとめて展示したり、戦争を経験された当事者の証言を動画や肉声で聞くことができたり、戦時中の暮らしをリアルなジオラマ空間で体験できたりと、より多角的に問いかけについて考えるきっかけを作り、思考を深める補足をしてくれる場になっています。
当事者証言などのコーナーは、展示施工会社と展示方法の工夫を重ね、試行錯誤の上で製作されたそう。無闇に恐怖感を煽るのではなく、目の前のものに当事者意識を向けてもらうことに注力した見せ方がされています。
また、京都の展示施設ということで、京都に関する事項や資料をまとめて展示されている点も特徴。戦前・戦中の京都の様子を知ることができる貴重な写真群や、あまり知られていませんが京都で起きた空襲の話なども紹介されています。
特筆すべきが、テーマ展3・4のコーナー。
テーマ展3は「尊厳の回復を求めて」と題し、様々な問題に当たった人自身の言葉や活動が、関連する実物資料とともに紹介されています。それは戦争だけでなく、海外の紛争や人種や性別による差別問題なども含まれます。
ここでは取材を受けた方の言葉の一節がカードとして配布され、自由に持ち帰ることができます。よりその人の言葉が間近に響くように感じられました。
テーマ展4は「現在」によりフォーカスが当てられた内容。世界での平和や諸問題解決に関して現在行われている取り組みを紹介したり、世界の様々な項目に対し自分の考えたことやスタンスを表明できる場所が設けられています。
世界の「今」を地図+統計データによる数値などで紹介する「Colloring World」。
各事柄に対する自分の気持ち・意見に近い色のマグネットを置いて、スタンスを示します。
特定の意見を求めるのではなく、賛成、反対、疑問、個々の感じ方や思考を見える形にすることで「自分と同じ/違う意見の人がいるんだな」ということを認識してもらう場所にしたい、という位置づけです。
そして最後の「問いかけひろば」。今回のリニューアルにおける施設の姿勢の根幹を示す場所ともいえるかもしれません。
このコーナーは、展示全体を見た上で観覧者が考えたことやモヤモヤすること、疑問に感じたことなどを「アウトプットする場」として位置づけられています。備え付けのタブレットに表示された質問への回答が床の映像に投影されるので、他の人の意見を共有したり自分の立ち位置を確かめたりできる仕掛け。「見て終わり」にせず、そこから「どうすればいいか考える」こと、それこそが平和への第一歩である、その姿勢を形にしたスペースとなっています。
タブレットの回答・感想は床に投影されたプロジェクションマッピングの「ピース」に表示されます。
一人一人の考えが「平和へのピース」という意味合い。
なお、観覧者に書き出してもらった感想や意見はログとして残し、今後の展示などにも活用していく予定とのこと。また、壁の模様はマグネットになっており、好きに組み合わせて遊べる遊び心も。このマグネットは展示各所に設けられた「問いかけ」にも添えられたも世の形をした「PIECE(欠片)」で、うまく組み合わせると「PEACE(平和)」の文字を作ることができるデザイン。いろいろな人の思考・意見の欠片(PIECE)が集まることでPEACE(平和)は作り出せる、そんな思いが込められています。
常設展の出口は入口と打って変わって白基調の空間に。
壁には世界の偉人・有名人の言葉から、「平和」を考えるキーワードになる文章が掲げられています。
立命館大学国際平和ミュージアムは原爆投下や戦争など「一つの事項」に特化した施設ではなく、より広い意味での「平和」をテーマにした施設。だからこそ戦争の被害・加害の問題だけではなく、「"平和"とは何か」、平和そのものについて考えることに重きが置かれています。
「平和に関する問いは「明確な答えがない」、だからこそ考え続ける必要があるんです」と学芸員の先生は繰り返し仰っていました。これが今回のリニューアルにおけるコンセプトのひとつになっていたそうです。
そのため、リニューアル後の展示は施設側からはっきりと答えを提示するのではなく、あくまで「考えるきっかけ」として展示を提供することを強く意識されていると感じました。取り上げるテーマがテーマだけに、見せ方によっては「こうしなければならない」「こうすべきだ」と主義主張を押し付ける形になりかねません、そうではなく、多彩な考えの人がいることを前提に、考える機会と場を作ることに注力されている、そんな印象を受けました。
立命館大学国際平和ミュージアムのシンボル的存在、本郷新の《わだつみ像》。
戦争で散った若者たちをイメージした作品。館内には随所に本郷新の作品も展示されています。
世の中には様々な人、様々なものの見方があり、一つ立場が違えば何が正しいか間違っているかも違ったりします。「こうすれば平和」とは明確に言い切ることができるものではありません。そんな答えのない、現在進行形で変わり続けるものをテーマとした展示施設だからこそ、施設側が「これが正しい」と例示するのではなく、来る人に意識させる、思考させる姿勢を提供するという見せ方はとても誠実なものであるように感じました。
決して難しい見せ方ではなく、自分で体験して考えるスタイルは、知識がある人もない人も、大人も子供も誰でも気を張らずに見ることができる内容です。「国際平和」と聞くとちょっと臆しそうなテーマではありますが、実は日常に直結した、誰にでも身近で当事者性の高いテーマでもあります。ぜひ一度、覗きに行ってみてはいかがでしょうか。