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【レポ】特別展「コスチュームジュエリー 美の変革者たち シャネル、ディオール、スキャパレッリ 小瀧千佐子コレクションより」(京都文化博物館)

2024/03/12

costumejewelry_repo (1).jpg高価な金銀プラチナ・宝石類を用いるファインジュエリーに対し、色ガラスやメッキしたメタル(鉄やアルミなど)、模造パール、プラスチックなど貴金属ではない素材を使って作られた、デザインや素材の特性を重視したジュエリーを「コスチュームジュエリー」といいます。服装やコンセプトを際立たせることを重視したコスチュームジュエリーは、デザイナーの自由な発想による個性的なデザインの作品が多数生み出されました。

これまではファッション展の一部、付属品的に紹介される機会が多かったそうですが、そのコスチュームジュエリーそのものにスポットを当てた特別展「コスチュームジュエリー 美の変革者たち」が、京都文化博物館で開催されています。
展示されるのは、世界的なコスチュームジュエリーのコレクターであり研究家の小瀧千佐子さんのコレクションの中から選りすぐられた約450点。貴重な作品の数々で、コスチュームジュエリーのたどった歴史や作り手の思いに迫ります。

自由と歴史と人生を「かたち」で伝える、コスチュームジュエリーの世界

今回展覧会の監修にも携わられた小瀧千佐子さん。開催挨拶の中で小瀧さんは、「コスチュームジュエリーとは素材からの解放」と表現されていました。それまでのファインジュエリーは、王侯貴族が己の権力・財力を示すためのステータスシンボルとしての意味合いが強く、如何に高価な素材・宝石類を見せつけるかが重視されていました。

それを変えるきっかけを作ったのが、女性のファッションに革命をもたらしたデザイナー、ポール・ポワレ。ポワレは、西洋の女性の服装からそれまで当然の存在だったコルセットをなくした、近代的なデザインを考案したことで知られます。ポワレのデザインしたドレスには、それまでのジュエリーは全く似合わなかったので、ポワレは自らドレスに合うジュエリーをデザイン・制作しました。これがコスチュームジュエリーの始まりとなりました。
「ポワレが女性の服装を自由にしたことで、ジュエリーも自由になったんです」と小瀧さん。

展覧会では、このポール・ポワレを起点に、各デザイナーやブランドごと、活躍した時系列順に作品を並べた構成となっています。

costumejewelry_repo (2).jpgポール・ポワレ《夜会用マスク、ブレスレット「深海」》1919年
メタリックチェーンにガラスビーズとクリスタルガラスで刺繍
[デザイン:ポール・ポワレ、制作:マドレーヌ・パニゾン]、小瀧千佐子蔵

ポワレは度々ドレスコードのテーマを定めた夜会を自宅で開催しており、冒頭には「深海」をテーマにした夜会の際に妻に着せるドレスに合わせて制作したものが展示されています。
マスクは顔に張り付いたタコ、腕輪は海水の雫を表現しているそう。ブレスレットから垂れ下がる大きな石は一見宝石のように見えますが、色ガラス製です。100年以上前の作品なので、小瀧さんが入手した際には損傷がひどく、ひとつひとつ繋ぎ直して修復されたのだとか。

costumejewelry_repo(4).jpgシャネル《ブローチ "カメリア" モチーフ 》と《クリップ》いずれも メゾン・グリボワ(制作)、個人蔵

次に登場するのはシャネル。シャネルといえば「シャネル・スーツ」と呼ばれる働く女性を念頭に置いた服のデザインで一世を風靡しましたが、もちろんジュエリーも合わせてデザインしていました。
代表的なものが、現在もシャネルのブランドを象徴する「カメリア(牡丹)」をはじめとする、花モチーフの作品たち。これはシャネルの盟友とも呼ばれた職人のグリポワが得意とした、針金で枠を作りそこにガラスを流しこむという繊細な技法「パート・ド・ヴェール」で作られています。

20240216_143630.jpg左:《ネックレス "葉と藤の花"モチーフ》[デザイン:クリスチャン・ディオール、制作:メゾン・グリポワ]1952年頃 フランス、個人蔵
中:《ネックレス、イヤリング》[デザイン:マーク・ボーヘン、制作:メゾン・グリポワ]1967年 フランス、個人蔵

グリポワはシャネル以外にもディオールなど他の有名デザイナーとも作品を制作していました。本展ではデザイナーの他、工房や職人ごとに作品がまとめられているので、制作技法や手掛けた作り手は同じでも、デザイナーごとのスタイルや個性の違いを実際に見比べて楽しめるようになっています。

costumejewelry_repo(15).jpg左端:シャネル《ネックレス》[制作:ロベール・ゴッサンス]1965年頃 フランス、個人蔵
左から2番目:シャネル《ネックレス″ビザンチンクロス"》[制作:ロベール・ゴッサンス]1960年頃 フランス、個人蔵

こちらはシャネルがロベール・ゴッサンスと組んで制作したビザンチン・スタイルのシリーズ作品。中世のビザンツ帝国時代の教会建築や装飾に材を得たもので、大振りで力強い印象を受けます。どこか儚げだった花モチーフのシリーズとは対照的。
小瀧さん曰く、「シャネルのジュエリーには2面性を感じます。大胆さと繊細さを併せ持つ、シャネルの生き様そのもののを具現しているようです」

costumejewelry_repo(5).jpgシャネル《ネックレス、クリップ "花" モチーフ》[制作:メゾン・グリポワ]1938年 フランス、個人蔵
ガブリエル・シャネル《カクテル・ドレス》1960年頃 フランス、神戸ファッション美術館蔵

また、展覧会の前半では随所にドレスが登場します。これは本展のために神戸ファッション美術館から特別に出品された同時代の貴重なもの。それぞれ小瀧さんがドレスに合わせてコーディネートし各ブランドのジュエリーが添えられています。実際に身に着けた時の姿を具体的にイメージできる展示方法です。
シャネルのブランドテーマは「シンプル&エレガンス」。シンプルな形のドレスに大ぶりのジュエリーを組合せると、バランスよく双方が引き立ちます。

costumejewelry_repo(6).jpg特別展「コスチュームジュエリー 美の変革者たち」展示風景より
スキャパレッリのブローチ、クリップ。写真は主に第二次世界大戦前(1930年代)のもの

こちらはシャネルと並び第二次世界大戦の前後に活躍した女性デザイナー、スキャパレッリの作品。
彼女の作品には、当時流行していたサーカスや、アフリカ系の人をモチーフにしたものなど、どれも個性的でユニーク。「矢が刺さって傷ついたハート(心)」など、反戦の機運を込めた、メッセージ性の強い作品も多いそうです。
「今回の展示品には、二度の世界大戦を潜り抜けたものも多いんです。よく残ってくれたなと思いますし、本当に戦争は嫌なものだと感じますね」(小瀧さん)

costumejewelry_repo(7).jpg特別展「コスチュームジュエリー 美の変革者たち」展示風景より
スキャパレッリのブローチ、イヤリング、ネックレス
左から2番目、葉を手のような形に仕立てた作品は、シュルレアリスムの代表的アーティスト、ダリのデザインからスキャパレッリが制作したもの。

また、スキャパレッリは当時盛り上がっていた芸術運動、シュルレアリスムの影響も見られるとか。デザイナーの思想や個性、時代性もかたちとなって強く出ている点も、コスチュームジュエリーの特徴です。

costumejewelry_repo(9).jpg特別展「コスチュームジュエリー 美の変革者たち」展示風景より
リーン・ヴォートランのネックレス。

今回作品が登場するデザイナーの中でも特に個性的なのが、リーン・ヴォートラン。日本ではまだほとんど知られていませんが、金属の素材感を活かした造形や、ユニークなモチーフの作風を特徴とした作家です。(小瀧さんも非常にお気に入りだそうで、内覧会時も身に付けられていました)

costumjewelry_repo(10).jpg特別展「コスチュームジュエリー 美の変革者たち」展示風景より
リーン・ヴォートランのブローチ。タイトルも独特で「このテーマでなぜこんな形に?」と考えながら見てしまいます。
細工も細かいので、単眼鏡やルーペがあるとより楽しめそう。

リーン・ヴォートランはの作品はエジプトやギリシャなどの古代神話や童話に材をとったものが中心。古代遺跡からの出土品のような風合いも感じられます。また、「白雪姫と七人の小人」がモチーフなのに小人がどう考えても6人しかいないなぞかけの様なブローチ、暗号の様に文字を彫りこんでメッセージを加えた小箱など、遊び心効いた作品も。こんな独創的な作家がいたのか!と驚かされます。

costumejewelry_repo(11).jpg特別展「コスチュームジュエリー 美の変革者たち」展示風景より、アメリカの作家のコーナー。
左手前はミリアム・ハスケルの作品。ネックレスとブローチは木の実、黄色のヴェネチアンビーズと組紐を組み合わせたもの。
右奥はフランク・ヘスがデザインしハスケルの工房で制作されたもの。立体的なビーズ編みが見どころ。

展示の後半には戦後、アメリカで発展したコスチュームジュエリーが並びます。
王侯貴族など上流階級の伝統的な価値観が残るヨーロッパでは、職人がひとつひとつ手造りした小ロットの一点ものが中心でした。しかしアメリカにはその価値観がないため、よりユニークで自由なデザイン、そして工場での大量生産が可能な安価で手に取りやすいジュエリーが多く生み出されました。また、ハリウッドの映画文化とも結びつき、銀幕のスターがジュエリーを身に着けることで大きな宣伝効果が生まれ、より一層アメリカのジュエリーを発展させることになったそうです。

costumejewelry_repo(13).jpg特別展「コスチュームジュエリー 美の変革者たち」展示風景より
こちらもフランク・ヘスとミリアム・ハスケルによる模造シードパールを使ったジュエリーたち。
1㎜程のシードパールを丁寧につなぎ合わせ、本物の植物のような自然な立体感を表現しています。

極小粒のガラスビーズやシードパールを沢山つなぎ合わせて立体感を出したり、中には木の実をつかったものなども。「こんな形が作れるの!?」「こんな素材も!?」と表現の幅広さに驚かされます。

costumejewelry_repo(12).jpg特別展「コスチュームジュエリー 美の変革者たち」展示風景より
様々なジュエリーの素材の紹介展示。金属や陶器、ガラスの他、自然素材、プラスチック、なかには新聞紙も素材にしたものも!

展示の締めくくりには、コスチュームジュエリーに使われた様々な素材を紹介するコーナーもあるので、こちらを見た後にもう一度、気になる作品を見に行くのも良いかもしれません。


「ジュエリーも服も身に着ける人を輝かせるためのもの。作品を見ながら、これを身に着けたい、使ってみたい、と考えながら楽しんでほしいと思いますし、併せて作った人の心にも思いを馳せていただければ幸いです」と小瀧さん。

コスチュームジュエリーは素材そのものの価値ではなく、デザインに価値が見出されたジュエリー。そのためデザインを考えるデザイナー、つまり「人」に重きを置かれたジュエリーである、ともいえます。
コスチュームジュエリーはデザイナーをはじめ、作り手のその時々の思いや経験、思想、生き様が「かたち」となっている。だからこそ時代を超えて人を心に残り続けるのかもしれません。

人の思いを込められた、人に寄り添うジュエリーたちの世界、この機会に触れてみてはいかがでしょうか。

costumejewelry_repo(14).jpg特別展「コスチュームジュエリー 美の変革者たち」のショップスペース内。こちらの展示ケースにある値札付ジュエリーは購入可能です。
写真はアメリカのブランド「トリファリ」。展示品にもトリファリの作品は登場していますが、現在進行形でコスチュームジュエリーの歴史が続いていることを感じさせられます。

なお、ショップでは実際に購入ができるコスチュームジュエリーが多数展示販売されています。貴重なヴィンテージのコスチュームジュエリーの他、「ハスケル」「トリファリ」など、展覧会にも登場し今も続いているブランドの作品も。また、小瀧さんが昔の技術を受け継ぐ現代のジュエリー職人とコラボレーションして制作された、小瀧さんのブランドの商品も販売されています。

展示を見るだけでなく、実際に手に取るところまで楽しめる展覧会です。開催は4/14まで。

特別展「コスチュームジュエリー 美の変革者たち シャネル、ディオール、スキャパレッリ 小瀧千佐子コレクションより」(京都文化博物館)

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