Report&Reviewレポート・レビュー

【レポ】絵で知る百人一首と伊勢物語(嵯峨嵐山文華館)

2023/03/01

rep_edeshiru-ise  (1).jpg

前回紹介した福田美術館から徒歩5分ほどのところにある嵯峨嵐山文華館。こちらでは「絵で知る百人一首と伊勢物語」展が開催されています。

その名の通り、百人一首と伊勢物語の世界を「絵」を通じて楽しめる内容の展覧会です。どちらも名前や和歌は知っているけれど、いまいちよくわからない...そんな方も親しみやすい展示になっています。

その様子と見どころをご紹介します。

※この記事は取材時(2023/1/27)の展示内容に基づきます。観覧時期によって展示内容が異なる場合がございます。予めご了承ください。

第1章:絵で知る百人一首の歌人たち

百人一首の歌はかるた等で知っているけれど、それを詠んだ歌人はどんな人だったのでしょうか。そのイメージを今に伝えてくれるのが「歌仙絵」です。
昔から絵巻や日本画において、平安の歌人たちは定番のモチーフとしてしばしば描かれていました。1階展示室は、そんな絵に描かれた歌人たちのイメージをたどる構成になっています。

rep_edeshiru-ise  (3).jpg

写真右端、たくさんの人物が描かれていますね。こちらは江戸後期~幕末にかけて活躍した画家・池田孤邨の《三十六歌仙図》。平安時代に活躍した36人の歌人たちが描かれています。勿論その多くは百人一首にも和歌が登場しています。
どれが誰なのか解説したパネルも近くに展示されているので、見比べるのがおすすめ。年齢や性別の他、衣装や持物などで各人を判別することができます。一種のキャラクター化されているんですね。

もう一つ、複数人の歌人を組み合わせたモチーフとして用いられるのが「六歌仙」です。『古今和歌集』の序文で優れた歌人として取り上げられている、僧正遍照・在原業平・文屋康秀・喜撰法師・小野小町・大友黒主の6名のことで、こちらも描かれる姿がある程度決まっています。

rep_edeshiru-ise  (5).jpg

こちらは明治期に活躍した日本画家・菊池契月の《六歌仙図屏風》。左隻にいる女性は紅一点の小野小町、隣は僧正遍照。右隻の武官は在原業平(検非違使、当時の警察官のような立場だったので武官姿、いわば制服で描かれます)、僧侶は喜撰法師、黒い束帯の人物は大友黒主、もう一人は文屋康秀です。

edeshiru-ise(2).jpg菊池契月《六歌仙図屏風》(右隻)

大友黒主は何やら渋い顔で、左隻にいる小野小町の方を見ています。これは黒主が小町と歌で勝負することになった際、小町を陥れようとして逆に看破されてしまったエピソード(草紙洗)を踏まえたもの。人物同士の関係性を知っているとニヤリとするポイントです。

rep_edeshiru-ise  (2).jpg

他にも六歌仙図が展示されているのですが、こちらは大変ユニーク!その名も《無礼講之図》です。明治大正期の日本画家・幸野媒嶺とその門下の画家たちが酒の席で即興で描いた合作です。
左上から、師匠・媒嶺による喜撰法師、その下の在原業平を高谷簡堂、小野小町を駒井龍仙、大伴黒主を竹内栖鳳、文屋康秀を谷口香嶠、僧正遍照を菊池邦文が描いています。
よく見ると、業平は太刀や矢の代わりに筆を装備していたり、小町は長い髪を筆代わりにして振り回し、大伴黒主は小町に相対するように上半身の着物を脱いで大きな筆を構えています。その下では僧正遍照と文屋康秀が墨をすり鉢ですっている...ベースの人物の設定を踏まえつつも、六歌仙のイメージが吹っ飛んでしまいそうな強烈なキャラ付けが面白いですね。

rep_edeshiru-ise  (8).jpg

「六歌仙」は江戸時代には歌舞伎の題材にも用いられ「六歌仙もの」という演目も生まれました。この絵はそのひとつ『商法六歌仙』を描いたもの。『商法六歌仙』自体は今は演じられていない演目だそうですが、紅一点の小野小町を男たちが取り合って、互いに顔に墨を塗りつけようとしている場面だそう。女性1名男性5名の構図の面白さが取り上げられたのかもしれません。

ひとくちに歌仙絵といってもこんなに種類や個性があるのかと驚かされました。
歌人たちは年月を経てある種の「キャラクター」として認識され、後世まで愛されてきたことがわかります。これから和歌を見る時、それぞれの「キャラクター」をイメージすると、より親しみが持てそうですね。

第2章:絵で旅する伊勢物語の世界

rep_edeshiru-ise  (10).jpg

2階では、六歌仙の一人・在原業平を思わせる人物を主人公とする物語「伊勢物語」を題材にした作品や、物語の各場面イメージに合った作品を選んで展示されています。

伊勢物語、名前は聞いたことがあるが実際はどのような話かよく知らない人も多いのではないでしょうか。
伊勢物語は平安時代・900年頃に成立したとされる歌物語で、共通の主人公の短編小説集のような構成となっています。どの話にも必ず一つは和歌が詠まれ、そのやりとりで物語が展開します
作者ははっきりしていませんが、後に生まれる源氏物語にも影響を与えたといわれます。

rep_edeshiru-ise  (13).jpg

展示では、印象深い場面の文章や和歌を引用しながら併せて絵を見る構成になっています。現代語訳付きなのでわかりやすく、絵本を読んでいるような感覚で伊勢物語の世界を味わえます。

rep_edeshiru-ise  (11).jpg

こちらは「芥川」のエピソードを大正~昭和期の日本画家・小林古径が描いたもの。
「男」は想いを寄せていたものの身分違いで結婚が難しかった女性を、ある日密かに連れ出します。しかし夜も更け天候も悪化したので近くの建物に女性を隠し自分は外で周囲を見張ることに。ですが、男が目を離している間に女性のもとに鬼が現れ...翌朝には彼女の姿はなくなっていた―というお話。

絵に描かれたのは鬼が現れた場面。暗がりの中、泣く女性を鬼が見つめている様が印象的です。

rep_edeshiru-ise  (14).jpg

こちらは明治・大正期に活躍した日本画家・津路華香の《蔦図屏風》。主人公たち一行が関東へ旅をする「東下り」の中で蔦が生い茂る道を通る場面があり、そのイメージとして展示されています。
物語上は見通しが悪く心細い、侘しい情景として描写されたところが、むしろそれが良いと後世では色々な作品のモチーフになったのだとか。紅葉した蔦の葉と余白のバランスが見事な一枚です。

rep_edeshiru-ise  (15).jpg

面白い作品としては、トリを飾る円山応挙の掛軸があります。右の富士図は主人公(業平)達が東下りの道中で富士山を見上げている場面を描いています。添えられた和歌がわざと中心の行を高くして山の形に沿っているところに遊び心を感じます。
隣はマンガ『ちはやふる』のタイトル由来にもなった、百人一首にも登場する「ちはやぶる 神代も聞かず竜田川 からくれなゐに水くくるとは」の場面。こちらも山の稜線に沿うように和歌が書かれています。

登場する和歌は、恋の歌はもちろん、親子の愛情だったり、主従の絆を感じさせるようなものもあったり、歌の内容が幅広いところも特徴。場面をイメージする絵を見ると、お話や登場人物の心情も想像しやすいですね。逆に、この物語のイメージが時代を超えて、多くの画家たちの絵の題材になっていることに、伊勢物語という作品の力を強く感じました。

***

ちょっととっつきにくそうに感じる和歌や古典文学の世界も、絵を通して見るとグッと親しみを感じられます。この機会に、絵で歌人たちや物語の世界を旅してみてはいかがでしょうか?

「絵で知る百人一首と伊勢物語」(嵯峨嵐山文華館/~4/9)

最近の記事