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【レポ】開館25周年記念展Ⅰ「愛し、恋し、江戸絵画-若冲・北斎・江戸琳派-」(細見美術館)

2023/09/14

江戸絵画を「愛し、恋し」たひとのまなざしを感じて

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大阪の繊維業の実業家・細見良氏(初代古香庵)に始まる細見家三代の日本美術コレクションを公開する美術館として1998年に開館した細見美術館。今では日本を代表する日本美術の私立美術館として全国に知られる存在となりました。
その細見美術館が2023年で開館25周年を迎えたことを記念し、コレクションの中心作品と細見家のコレクターとしての美意識を紹介する記念展が2期にわたって開催されます。

第1期は、伊藤若冲や江戸琳派といった江戸時代の絵画たちを中心とした内容です。今では細見コレクションの看板的存在にもなっている江戸絵画ですが、これらの多くは細見實氏(二代古香庵/1922-2006)とその妻・有子さんご夫妻が二人三脚で収集したものです。ふたりの美術品に向けた眼差しと共に珠玉の作品が紹介される展覧会、その様子をご紹介します。

※この記事は2023年9月4日の取材に基づきます。観覧時期によっては展示内容が異なっている場合があります。予めご了承下さい。(10月10日に一部展示替有り)

若冲、北斎、抱一、其一...江戸時代の絵師たちの豪華競演。

第一・第二展示室は、伊藤若冲、葛飾北斎、そして酒井抱一・鈴木其一ら江戸琳派による作品を中心に構成。細見コレクションの人気作品の豪華競演が楽しめる空間になっています。江戸絵画の魅力に触れる入口としてもぴったりの内容です。

鑑賞会ではコレクターの實・有子夫妻のご子息・細見良行館長が展示解説をして下さいました。

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葛飾北斎といえばまず浮世絵版画が思い浮かびますが、細見コレクションに所蔵されている北斎作品は版画ではなく全て一点ものの肉筆画、北斎自身の筆による世界的にも貴重な作品です。今回は《五美人図》(写真手前)と《夜鷹図》が出展されています。

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《夜鷹図》は、北斎が30代の頃の作。「夜鷹」と呼ばれる下級の遊女をモデルにしたものですが、背筋を伸ばして颯爽と歩く後ろ姿をさらりとした淡い色合と筆遣いで描いています。苦しい生活の中でも矜持を失わない、凛とした心持が伝わってきます。うっすらと描かれた三日月や垂れ下がる柳の枝など、描き込み過ぎない背景も彼女の姿を引き立てています。

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伊藤若冲の作品からは、お馴染みの《糸瓜群虫図》や《雪中雄鶏図》といった初期作や、ユーモラスな描写で人気の《鼠婚礼図》など人気作品が登場。細見コレクションの若冲作品は19点と決して多くはないそうですが、若描きから円熟期、晩年まで各年代の良質な作品が揃っていることから高く評価されています。

hosomi25th_1(1).jpg伊藤若冲《瓢箪・牡丹図》江戸中期 細見美術館蔵

なかでも《瓢箪・牡丹図》は實・有子夫妻が最初に手に入れた若冲作品だそう。若冲が40代頃のもので、墨の濃淡を活かした大胆で迷いのない筆遣いが特徴。デフォルメされた牡丹の花や瓢箪の形もユニークな作品です。今では大人気の若冲ですが、夫妻が若冲に出会い収集を始めた頃はまだ国内ではほとんど注目されていませんでした。その魅力にいち早く気付いた夫妻の先見の明が光ります。

細見館長のお話では「他所から京都に来て絵を学んだ人(円山応挙など)の作品の方が所謂"京風"のイメージに沿った画風で、逆に京都で生まれ育った人(若冲など)は跳ねっ返りでアバンギャルドな画風になっている」とのこと。生まれてから京都の伝統文化が当たり前にあった環境の人ほど、その当たり前から脱却しようとし、ユニークで個性的なものを生み出していったのかもしれません。

逆に京都の絵、琳派に学んだのが江戸琳派の祖・酒井抱一。今回はまだ彼が琳派に出会う以前の貴重な若描きと琳派に出会った後のもの、双方の作品が紹介されています。

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注目は酒井抱一の《白蓮図》。しっとりとした上品な水墨画ですが、蓮の花にだけ白色が施され、蓮の葉の黒とも相まって白さが際立ちます。花びらが儚げにふわふわと風に揺蕩っているようにも感じます。これは實氏が特にお気に入りだった作品で、亡くなった際に開かれたお別れの会ではまるで代わりを務めるように祭壇に掲げられていたそうです。

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絵の前には華籠があり、脇に散華(仏事の際、供養のために撒く蓮の花弁型の色紙)が置かれています。こちらは實氏の父・良氏(初代古香庵)が仏様を描いたもの。細見父子は収集する作品のジャンルやスタンスの違いから時には衝突することもあったそうですが、「蓮の花」を通じての繋がりを感じさせます。
近くのパネルには祖父のことを振り返って語った際の細見館長の言葉も添えられており、背景のストーリーを感じながら作品を味わえます。

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写真左の《紅梅図》は、抱一が50代の時に吉原から身請けして共に暮らした女性・小鸞(しょうらん)との合作。絵を抱一が描き、漢詩の素養があった小鸞が讃を寄せています。こちらも元は酒井家の伝来品だそう。抱一がプライベートで描いた作品はほぼ実家の酒井家で保管されていたそうです。
右は抱一と弟子・鈴木其一との合作《文読む遊女》。其一は武家であった抱一の家臣という立場もあり、抱一の生前は余り自分を出さず師匠の代わりに依頼された絵を描くことも多かったそう。

hosomi25th_1(7).jpg鈴木其一《朴に尾⻑⿃図》江戸後期(写真左端)を解説する細見良行館長

対して本展のメインビジュアルにもなっている《朴に尾⻑⿃図》は抱一の没後に独立した其一が描いたもので、前の作品と見比べると其一がどれだけ個性を一気に出すようになったかが感じられます。構図も大胆で日本画というよりも西洋画のような趣も感じられます。(海外では其一の名前の方が抱一や他の画家以上に知られているそうです。)

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細見館長が「其一のエキセントリックさがよく出ている」と話されていたのが、《四季歌意図巻》。普通、絵巻物は複数の場面を連続させて描くものですが、この作品で其一は絵巻をひとつの横長画面として捉え、一場面をパノラマ写真のように描きました。

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そして、其一の豊かな発想力が楽しめるもう一つの作品が《歳首の図》。其一の得意とした描表装を目一杯に活かしており、表具の部分から本来の本紙の部分に梅の枝が伸びています。其一は表具も含めて全体をひとつの世界、ひとつの画面として捉えていたことが窺えます。
この絵を實・有子夫妻はお正月飾りとして実際に使っていたそうで、その雰囲気を感じさせるしつらえになっています。

細見實夫妻の「日々の暮らしの中の日本美術」を体感

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より實・有子夫妻の作品の見方・楽しみ方をより体感できるのが、第三展示室。夫妻は日常の空間の中に作品を飾り、生活の一部として作品を手に取って愛でる、そんな楽しみ方をしていたそうで、その感覚を意識した展示構成になっています。

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掛軸の前に別の作品を置いて床の間風にしつらえたり、源氏物語の一場面を描いた色紙と平安時代の貴族たちも楽しんだ貝合わせを添えたり、部屋のインテリアのような見せ方で、まるで細見邸に招かれて作品を見せてもらっているような感覚が味わえます。

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特に茶席イメージのしつらえは、それぞれ単品で作品を見ているときとは違う、生活に溶け込んだ「日用品」としての在り方が感じられます。
背景に置かれた池田孤邨の《四季草花流水図屛風》は細見美術館の琳派コレクションの代表作のひとつですが、茶道具と一緒に並べられると、「絵」としてだけではない、「空間を仕切る道具」としての屏風の在り方が見えてきます。作品がより活き活きしているように感じられました。

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なお、今回の展示の中で一番の変わり種がこちら。台風で倒壊した膳所城の城門遺構を初代が引き取り、泉大津市にある自邸の敷地内に再建したそう。こちらも、細見夫妻の生活に寄り添っていた品といえます。普段美術館での展示の機会はないものなので、是非この機会に見ておきたい品です。

今回はしつらえにもストーリーが込められていたり、今まで見たことのある作品でもアプローチが異なるので違った印象に見えたり、より展示品が親しみやすく見える展示に感じられました。今まで細見美術館に来たことがない人も、何度も訪れている人も、新鮮に楽しめる展覧会でした。


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實・有子夫妻の、日々の生活の中で日本美術を取り入れ楽しむ姿勢。それは細見美術館の運営方針においても受け継がれています。
細見館長は25周年のあいさつの中で、「美術館を若い人がデートコースにするくらい親しみのもてる場所になったら良いなと思っていた」と仰っていました。まだ当時は珍しかった美術館併設のカフェやアートショップを設けたのもその思いゆえ。細見美術館の歩んできた25年は日本美術の普及、そしてミュージアムの在り方の変化の歴史とも重なります。
そんな細見美術館の次の節目は5年後の30年目。今後の展開もとても楽しみです。

※細見美術館開館25周年記念展は、第Ⅰ期に続き10月からは第Ⅱ期「挑み、求めて、美の極致-みほとけ・根来・茶の湯釜-」が開催。こちらでは細見家良氏(初代古香庵)のコレクションを中心に展示が行われます。

開館25周年記念展Ⅰ「愛し、恋し、江戸絵画-若冲・北斎・江戸琳派-」(~11/5)

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