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【レポ】2024年度龍谷大学文学部博物館実習 十二月展「幻(まぼろし)-架空の生き物に込めた人々の想い-」(龍谷ミュージアム)

2024/12/04

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龍谷大学「十二月展」は、龍谷大学文学部の博物館実習受講生たちが準備・企画・運営すべてを手掛ける年に一度の展覧会です。
博物館・美術館で働く学芸員の資格取得を目指す博物館実習自体は多くの大学で行われていますが、学生が実際の学芸員と同じように一つに展覧会をつくり上げるというのは珍しい試み。
龍谷大学では40年以上にわたりこれを行っており、2024年で45回目の開催となります。

展覧会の開催には、テーマ選定から展示作品の選定、所蔵元への貸出依頼や資料調査、展示空間の構成や図録制作、関連イベント企画や広報活動まで、膨大な作業があります。これを今年は60名余りの学生さんが行いました。
2024年度は「幻(まぼろし)-架空の生き物に込めた人々の想い-」(12/4-7)
今年も初日に取材をさせていただきましたので、展示の様子・見どころをご紹介します。

※写真は御許可を得て撮影させていただいたものです(一般の方は撮影禁止です)


世界にはさまざまな架空の生き物、そしてそれにまつわる説話が古くから多数伝わっています。それは実際に起きた出来事や人のイメージから形作られ、当時の人々の思想や地域の文化と密接なかかわりを持っています。
この展覧会では、そんな架空の生き物の成立過程を通して、背景にある人々の暮らしや想いを辿っていくことを柱としています。

今回は架空の生き物に縁深い文化の例として、国の重要無形文化財にも指定されている嵯峨大念仏狂言(*)に関する品々も紹介。他にも見る機会の少ないユニークで貴重な展示品が登場しています!

*)嵯峨清凉寺(嵯峨釈迦堂)境内の狂言堂で行われている民俗芸能。京の三大念仏の狂言のひとつ。鎌倉時代に始まったとされ、すべての役者が面をつけ、身振り手振りで芝居をする点が特徴。現在約20の演目が伝わり、架空の生き物に関するものも多い。(https://www.sagakyogen.info/

第一章「海~水の世界の幻たち~」

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松本正清《河童像》現代 嵯峨美術大学・嵯峨美術短期大学附属博物館蔵
展示室に入ってすぐに目に飛び込んでくる、リアルな河童像!
嵯峨美術大学の学生さん(当時)の卒業制作だそうです。インパクト抜群。

第一章では主に、河童や人魚など水辺にまつわる背景を持つ架空の生き物や伝説に関する資料が紹介されます。海や川は人に恵みをもたらすとともに、時には津波や洪水などの災害で被害をもたらす恐ろしい存在。人が暮らしていくことができない未知の場所、異界としても見られていました。人々が抱く水辺への親しみと畏怖は、架空の生き物たちにも表れています。

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《観音霊験記 西国巡礼三拾二番近江観音寺「人魚」》
上段:二代目歌川広重画/下段:三代目歌川豊国画 江戸時代・安政6年(1859)龍谷大学図書館蔵

こちらは江戸時代の浮世絵師が滋賀の観音正寺に伝わる人魚伝説を描いたもの。聖徳太子が琵琶湖のほとりを歩いていた際に人魚が現れ、「私は元々漁師で、殺生を繰り返したためこの姿になってしまった、なんとか成仏させてほしい」と懇願します。そこで太子は人魚のために千手観音像を作ってやり、それがお寺のはじまりになった、という物語です。

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写真左手:細井文蔵《小幡人形 観音正寺人魚像》昭和45年(1970)嵯峨美術大学・嵯峨美術短期大学附属博物館蔵

後に人魚は観音正寺のシンボルとなり、すぐ近くにはお寺の授与品として作られた小さな人魚像も展示されています。
その他にも、周囲には人魚に関する典籍が展示されていますが、その姿は私たちが現在イメージする上半身は人間、下半身は魚というものから、ほぼ魚に近いものまで千差万別。人魚という存在が昔から多くの人に知られており、その分さまざまなバリエーションが生まれていたことがうかがえます。

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《仙岳紋八角鏡(海磯鏡)》中国・唐代 古代鏡展示館(兵庫県立考古博物館加西分館)蔵

もうひとつユニークな品がこちらの唐時代の銅鏡。
「海磯鏡(かいききょう)」と呼ばれるデザインで、中心の凸部分が仙岳と呼ばれる聖なる山、周囲には海の波が表されています。よく見ると魚に乗って遊ぶ童子や、鴨らしき鳥、瑞獣の麒麟の姿も。「海磯鏡」は古代の人々が想像した理想郷を表しているそうで、平和で豊かな世界には海や水辺を含んだイメージがされていたことがうかがえます。

第二章「空~異界と人々を繋ぐ間~」

「空」(天)は神や仏などの住む世界と現世をつなぐ存在として考えられていました。空の様子に変化があれば、吉兆の知らせとも捉えられました。ここで紹介されているのは、龍や鳳凰、麒麟といった空から現れるとされた縁起の良い瑞獣や、空を飛ぶといわれる架空の生き物たちです。

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《東山天皇御即位式図屏風 銅烏幢 日像幢 月像幢 再現模型》現代 風俗博物館蔵

こちらの幢幡(どうばん)は天皇の即位式の際に掲げられる祭具で、3本の縮小模型が展示されています。銀の円にウサギ・カエル・桂の木を描いた「月」、金の円に八咫烏を描いた「日」、金色に輝く3本脚の烏(三足烏)が並びます。天に浮かぶ太陽や月のモチーフです。

三足烏と八咫烏は同じでは?と思われますが、併せて展示されている資料によると、三足烏は中国や朝鮮で太陽の象徴とされ、八咫烏は日本神話で太陽の神である天照大神の眷属とされます。どちらも太陽に関わりが深く、後に同一視されるようになったのだとか。地域は違っても、空を飛ぶ鳥の姿に人々は似たイメージを重ねていたのかもしれません。

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《双天馬双鳳紋八綾鏡》中国・唐代 古代鏡展示館(兵庫県立考古博物館加西分館)蔵

翼の生えた馬、天馬(てんま/ペガサス)を表した唐時代の銅鏡も!ペガサスは西洋のもののように感じますが、シルクロードを通じ中央アジアを経て、古代の中国にも伝わっていました。こちらの鏡に描かれた天馬の姿は今の私たちが考えるものに近いですが、一方で、中国の架空の生き物の逸話をまとめた『山海経』には天馬は「体は白い犬のようで頭が黒い生き物」と書かれています。伝わる過程によるものなのか、今と昔のイメージの違いが感じられる展示です。

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《大癋見》現代 嵯峨大念仏狂言保存会

こちらは嵯峨大念仏狂言で使われている「大癋見(おおべしみ)」の面。能楽・狂言において主に天狗を演じる際に用いるものです。
天狗と言えば赤い顔に長くて高い鼻...のイメージですが、能狂言の天狗はそうではないようで、むしろ大きくて立派な鷲鼻が特徴的です。天狗は顔は鳥、体は人間という姿で描かれることが多いので、鳥の嘴が次第に人間の鼻のイメージに転化していったのかもしれません。

第三章「山~いまに繋ぐ物語~」

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第三章は山にまつわる背景を持つ架空の生き物が紹介されます。
山も人々に恵みをもたらしてくれる存在ですが、同時に人の手の及ばない、神秘的な場所としてもとらえられていました。山岳信仰のように山そのものを神様として崇めたり、山で起きる不思議な出来事は山に住む妖怪など架空の生き物のしわざととらえられたりしました。

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《金毘羅神社神像》近代 龍谷大学大宮図書館蔵

ここで冒頭には前章に続き天狗が登場。天狗は山に暮らすとされていたので山にも関係のある存在です。
面白いのがこちらの金毘羅さんの掛軸。下の方に天狗が描かれていますが、「盗難除け」の神様として扱われています。妖がいつの間にか神様やその眷属にされている点に、人の認識の変遷を感じさせます。

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《三光飛出》現代 嵯峨大念仏狂言保存会蔵

こちらは嵯峨大念仏狂言の面のひとつ「三光飛出」。ギョロリと飛び出しそうな眼玉の造形が特徴です。荒ぶる神を表す面ですが、嵯峨大念仏狂言では『土蜘蛛』の演目で用いるそうです。
能楽の『土蜘蛛』は朝廷に従わない土着の民を「土蜘蛛の精」と表現し、通常は「顰(しかみ)」という赤ら顔の鬼を表す面で演じるそう。そこに敢えて神様の面を使うところ、『土蜘蛛』を嵯峨大念仏狂言に携わった人々がどう見ていたのかの違いが伺えます。

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蘆山寺、真如堂、比叡山(横川中堂)など、各所の「角大師」護符

京都家の玄関先に貼られている鬼のような絵が描かれた護符でお馴染みの「角大師」。比叡山の高僧・良源(慈恵大師/元三大師)が疫病神を追い払うために鬼の力を己に降ろし、鏡に映った鬼のような恐ろしい姿を描き写させて魔除け札に用いた、という逸話に由来します。
比叡山のように、山は仏教の修行の場とされる重要な場所でした。そこで学んだ徳の高い僧は神秘的な力を持っている、そんなイメージがあったのでしょうか。

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《角大師像》江戸時代・天保4年(1833)龍谷大学大宮図書館蔵

「角大師」といえばひょうきんな表情のものが多く見られますが、今回の展示品にはしかめ面で写実的なデザインの「角大師」も紹介されています。
こちらは江戸時代に三重県の国束寺で摺られた「角大師」で、モデルである良源の自作自影と伝わっているそうです。当初の「角大師」はこんなイメージだったのかも?

第四章「都~見えざる「オニ」から見える「鬼」へ~」

最後は、人が暮らす都で生まれた「鬼」に注目します。
昔の人々は、疫病など目に見えない災厄は「鬼」のしわざと考えていました。見えない、わからないからこそ、架空の生き物の「鬼」という形を与えることで災厄を認識し、対処しようとしたのです。

前章の「角大師」は魔を払えるほどの強い力を「鬼」のような姿として表現していましたが、これも目に見えない力に具体的なイメージを与えたものと解釈できます。といっても「角大師」のような角や牙の生えたような鬼のイメージが最初から人々にあったわけではなかったようで...

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《人面墨書土器》長岡京左京七条二坊九町北側出土 奈良~平安時代 長岡京市埋蔵文化財センター

その例として挙げられているのがこちらの「人面墨書土器」。土器の表面に墨でうっすらと顔のようなものが描かれています。これに災い=「オニ」を移してかたちを与え、その上で壊すことで「オニ」を払うという儀式で用いられたのだそう。
当初は人が認識しやすい形=人の顔、という素朴なイメージからはじまった、ということに‟幻"の生まれる瞬間を見たように思いました。

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《大江山酒吞鬼賊退治絵巻》江戸時代 多田神社蔵

そして「鬼」といえばその代表格に挙げられるのが酒呑童子。
酒呑童子の正体については盗賊や反社会勢力の集団だったとか、たまたま見た目が特異で山に捨てられた子どもだったとか、疫病が流行った時期に登場するので疫病神の化身だとか、諸説あります。
どちらにせよ、強くて恐ろしい存在、として鬼の姿があてはめられ、それを朝廷から遣わされた源頼光たちが退治する、というオチは、頼光たち武人の強さや朝廷の権威の証とされた、とも考えられます。

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加藤辰三郎《駿河凧 鬼頼光》昭和39年(1964)嵯峨美術大学・嵯峨美術短期大学附属博物館蔵

展示の最後には、酒呑童子と争う源頼光をあしらった凧が。
「見えなくて恐ろしい」はずの存在が「形ある強さの証明」に意味が変わっていったことを感じさせられました。


鬼や妖怪、瑞獣など、架空の生き物たち。その成り立ちや事例をあらためてじっくりと眺めると、人の想像力の豊かさをしみじみと感じました。
同時に、その移り変わりには人の想いや考え、認識が如実に表れるものであることも伝わってきました。
人のイメージから生まれた存在は、人のイメージに左右されるもの、だからこそ「幻(まぼろし)」。タイトルの意味をかみしめる展覧会でした。

今回は典籍資料が多めになったということですが、立体物を事例に典籍資料で情報を補完するという流れで、文字資料が多くてもストレスなく見られるよう随所に工夫が感じられました。また、各章ごとにうまく展開が繋がるよう各章の最後が次の章とつながりのある題材が選ばれており、スムーズにストーリーを追いながら鑑賞ができました。

参加している学生さんは皆、普段の研究分野や専攻はばらばら。
さまざまな知識のあるメンバーが集まりひとつの作品として取り組める場所としても、「十二月展」は貴重な機会となっているそうです。

会期は12/4(水)~12/7(土)の4日間。会期は短いですが、とても充実した内容の展覧会です。
近くの龍谷大学大宮学舎では関連イベントも開催。お近くにお越しの方はぜひ足を運んでみてください!

▼ 展覧会の詳細はこちら
2024年度龍谷大学文学部博物館実習 十二月展「幻(まぼろし)-架空の生き物に込めた人々の想い-」

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