【レポ】 京都市京セラ美術館開館1周年記念展「森村泰昌:ワタシの迷宮劇場」(京都市京セラ美術館)
京都市京セラ美術館で開催の、 京都市京セラ美術館開館1周年記念展「森村泰昌:ワタシの迷宮劇場」。大阪出身で京都にも縁の深い、世界的な現代美術家・森村泰昌さんの久々となる大規模個展です。
今回の展覧会は、森村さん=「ワタシ」の頭の中を「展覧会」のかたちで表現し、鑑賞者にそのなかを迷宮を探索するかのようにさ迷い歩いてもらおう、というコンセプトで構成されています。そのため、タイトルは「ワタシの迷宮劇場」。
森村さんといえば、世界的な名画や偉人・有名人になり切ってしまうポートレート写真が知られますが、今回はそのスタイルだけでなく、様々な創作キャラクター=別人格になりきった無人朗読劇の作品も登場。写真だけに留まらない様々な作品が並び、アーティストのもつ果てしない思考と創造の世界を全身で味わう展覧会になっていました。その様子をご紹介します。
※この記事の内容は記者内覧会時の取材をもとに再構成したものです。
※会場写真は許可を得て撮影させて頂いたものを使用しています。
ようこそ、作家の頭の中へ。
全身で感じる、作家の思考と創造のラビリンス。
京都市京セラ美術館開館1周年記念展「森村泰昌:ワタシの迷宮劇場」展示風景
会場へは5つの入口が設けられており、どこから入るのも鑑賞者の自由です。それぞれに「〇〇門」の名がついており、入口によって最初に目に入る作品も異なるので、どこから入ってどう歩くかで受ける印象も変わります。入口にはスリットを入れた布が垂らされ、暖簾のような形になっています。森村さんとしては「姿見(全身鏡)」のイメージとのこと。
「絵や写真は鏡のオマージュで『枠』の表現であり、その向こうの別の世界につながる意味をもつキーアイテム。鏡は自分や世界を映し出すものであり、そこから絵など数多の表現が生まれたのだと考えている。入口は鏡の向こうに入っていくイメージです」(森村さん)
中に入ると、まさに展覧会タイトルの通り、まるで迷路のような空間が広がります。
壁の代わりに空間を仕切っているのは、曲線状に垂らされた布カーテン。これは「心はメカニカルなものではなくもっと柔らかいもの、胎内的なもの」というイメージから生まれた空間構成だそう。ワタシ=森村泰昌という人の心の中を鑑賞者が旅するというコンセプトから、心の中らしい柔らかさを表現したそうです。
「訪れる方は展示室内で迷うことになると思うが、迷うことをゲームとして楽しんで欲しい。それで、ワタシの中にある不思議な世界を体感してもらえたらと思います」(森村さん)
この迷路のような空間は「M式写真回廊」と題して、森村さんがこれまでの創作活動の中で撮りためたインスタント写真がカーテンに付けられる形で展示されています。
森村さんはインスタント写真を使った理由について「一点物であるところ」を挙げられていました。
インスタント写真は焼き増しには向かず、かつ撮影に用いたポラロイドカメラはもう生産されておらず、新しいものはもう作ることができないそう。展示されている写真一つ一つがこの世に唯一の品です。
「一点物ということはその時その場所唯一のものが写っているということで、そこに惹きつけられます。取り替えの聞かないものがそこにある、記憶の世界の記録としては悪くない。滅びゆくもの、失われゆくものへの視点は素晴らしいものを生み出すと思う。それを大切にしていきたいです」(森村さん)
森村泰昌《夢と記憶が出会う場所》2022年 ©Yasumasa Morimura
会場を奥へ進んでいくと、動画作品を展示している「夢と記憶の広場」にたどり着きます。ここには、メイク中の森村さんを映したメイキング調の動画と、インスタント写真に登場した森村さん扮するキャラクターが30人スクロール画面のように現れる動画の2種類を見ることができます。ここを見てからキャラクターが写っているインスタント写真を探しに行くのも楽しいですよ。
森村泰昌《衣装の隠れ家》2022年 ©Yasumasa Morimura
更に奥には動画に登場する30のキャラクターの衣装実物を展示している「衣装の隠れ家」があります。こちらはカーテンの間から部屋を覗き見るようなシチュエーションで、少し悪いことをしているようなドキドキ感がありました。
30人のキャラクターは動画で本を持って登場しますが、これは子供の頃から大人になるまでに森村さんが読んだ本。森村さんにとってこれまで自分を構成してきた記憶の象徴といえます。その本もここで衣装と合わせて展示されています。
4つ目は「声の劇場」。(こちらは写真撮影不可)
森村さん自ら自作の短編小説を朗読したものに、BGMや効果音、光の表現と香りの要素を加えた体験型のサウンドインスタレーション作品です(完全入替制で一日複数回実施)
登場人物たちは全て森村さんが一人で演じられています。この作品に関して森村さんは「身体がなく、声だけがある」空間を目指したそう。
周囲にたくさんの人のイメージがあふれる中、この劇場の中だけが反転して無人である。そこで一人の声だけで幾人もの残像を、姿を生み出す。目ではなく耳と鼻に訴える、そのコントラストの響き合いができるのでは?ということが狙いだったそう。
ちなみに劇場で使った香りは、京都の老舗「松栄堂」さんの商品のひとつ「空蝉」。たくさんの候補の中から森村さんが選んだものだそうです。
写真作品で知られる森村さんがこの写真に依らない作品を作ったのは、視覚だけでなく触覚、聴覚、嗅覚...など、人間の持つ五感を通じて「『ワタシ』の持っている様々な要素にアクセスしてもらう」というコンセプトから。人間を構成する要素や側面が多々あるように、アプローチの仕方も視覚だけではなく使う感覚が違えばまた違うものが見えてくる。人間の多様性という森村さんの作品テーマそのもののようでした。
展示室の中を歩いていると、特に矢印などもないので本当に今どこに自分がいるのかわからなくなってしまいます。そんな時に見覚えのある写真を見つけたり、写真が連作のようになっていたりとつい足を止めて見入ってしまいます。また、動画や衣装部屋なども合わせて見ると「さっき見たあのキャラクターだ!」「あの服だ!」と繋がりが生まれ、そのキャラクターを探しに再び展示室内を彷徨ってみたり。この無数の網のようなつながりは、まるで脳のシナプスが構築されていく流れを味わっているようでした。
作家自身の頭の中をさまよいながら、発想やイメージの繋がりや発展が生まれるさまを己の全身で体感しているような...そんな展覧会でした。まさに「ワタシ=森村さん」の迷宮劇場!
展覧会は6/5(日)まで。