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【レポ】もしも猫展(京都文化博物館)

2023/10/16

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動物や調度品など人ではないものを、まるで人間のような姿や仕草をさせて描く「擬人化」表現。特に日本ではその表現の作品が昔から数多くつくられてきました。誰もが一度は「擬人化」作品を見たり楽しんだりした覚えはあるはず。

そんな擬人化表現の発展に大いに寄与したのが江戸後期~幕末活躍した浮世絵師・歌川国芳。なかでも猫は、それまであまり擬人化表現の対象になる機会が少なかったところ、国芳が数多くのユニークな擬人化猫を描いたことで一躍ブームとなり、擬人化の代表的ジャンルとして定着することになりました。

そんな国芳の擬人化猫作品を中心に、人と猫、そして擬人化の歴史と魅力をひもとく展覧会「もしも猫展」が、京都文化博物館で11/12まで開催されています。

※この記事は取材時(2023年9月時)の情報に基づきます。

あっちにも猫!こっちにも猫!
愉快な猫たちが誘う、魅惑の「擬人化」ワールド。

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展覧会は、企画を行った名古屋市博物館所蔵の作品を中心に構成。国芳の作品を主軸に、月岡芳年や河鍋暁斎など国芳の弟子たちの作品、歌川広重など他の浮世絵師まで、江戸後期~幕末・明治期の作品が揃っています。

moshimoneko_repo (2).jpg (右)歌川国芳《流行猫の曲鞠》個人蔵
(中)錦江斎春艸《墨摺報条風流曲手まり》個人蔵
(左)歌川国芳《猫の曲鞠》個人蔵

各作品において参考にしたと思われる作品やつながりのある作品は並べて展示され、見比べやすい構成になっています。例えば、上写真の左右端の絵は、国芳が当時活躍した曲芸師の姿を猫に置き換えて描いた作品。元になった曲芸師の軽業を描いた絵が真ん中にあり、どの猫がどの姿勢やポーズを参考にしたのか探しながら楽しめます。
作品下にある赤いマークのパネルは作品に関するクイズ。ワークシートに対応しており、ゲーム感覚で鑑賞ポイントを学べます。

また、一部を除いてほぼ作品撮影も可能なので、気になる作品を撮影したり、撮影した作品と似たテーマの作品を比較したりしながら鑑賞するのもおすすめ。

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会場のあちこちには絵に登場する猫たちがパネルとなって登場しており、そのあしらいも見どころ。どの猫がどの作品に登場するか探しながら見ても楽しめる仕様です。


今回の展示のテーマである「擬人化」。動物が人のようにふるまった姿で描かれた物語は、平安・鎌倉の時代から既に存在していました。なかでも人以外の動物を主役に据えた物語は「異類物」と呼ばれて親しまれていました。展示の冒頭ではその作例から日本美術における擬人化表現の歴史を紹介しています。

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朝倉重賢筆・絵師未詳《鶏鼠物語絵巻貼付屏風》名古屋市博物館蔵

こちらは江戸時代前期(17世紀)に描かれた《鶏鼠物語絵巻貼付屏風》。鶏と鼠が両軍に分かれて合戦を行いますが、最終的に他の生き物たちの仲介もあって和解し宴会をひらく、というストーリー。頭は動物や鳥ですが、体は人間の姿で着物や甲冑を身に着けている姿で描かれています。

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(右)歌川国芳《玉取り》名古屋市博物館蔵
(中)歌川国芳《龍宮玉取姫之図》名古屋市博物館蔵(高木繁コレクション)
(左)歌川国芳《龍宮城 俵藤太秀郷に三種の土産を贈》名古屋市博物館蔵(高木繁コレクション)
こちらは全て国芳の作品で、海の神様(龍神)とそれに従う海の生き物たちを描いたもの。先の屏風で見たような「頭は魚で体は人間」のような表現から「姿形は魚そのものなのに仕草や表情が人間のよう」という表現まで、擬人化の表現にもバリエーションがあることがわかります。

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歌川国芳《道外十二支》名古屋市博物館蔵(高木繫コレクション)

こちらは干支を擬人化した作品。慣用句やことわざを織り込んだものもあり、「判じ絵」として楽しめるようになっています。他にも将棋の駒など動物以外のものや、なかには「良い心」「悪い心」といった目に見えないものまで!国芳はもちろん、当時の浮世絵師たちのアイディアの広さに驚かされます。

江戸時代にこのような擬人化作品が多数生み出された背景のひとつには、当時の幕府の政策で浮世絵の表現規制が厳しくなったことがありました。特に美人画や役者絵といった人物画が標的とされたため、国芳をはじめとする絵師たちは、敢えて人を猫や動物などに置き換えた擬人化表現でかいくぐろうとしたのです。

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(右)歌川国芳《里すゞめのねぐらの仮宿》名古屋市博物館蔵
(左)《新吉原仮宅》たばこと塩の博物館蔵

その例が、国芳の《里すゞめのねぐらの仮宿》。遊郭や遊女の姿を描くことが憚られたため、吉原に足しげく通う人を指す「吉原雀」の言葉から発想し人を雀に置き換えて描いたものです。
隣には後に国芳の弟子が描いた人間バージョンのものも展示されていますが、遊女に見とれている男性客などの表情は非常に生々しく感じます。しかしこれが雀に置き換えられると途端にユーモラスで可愛らしい印象に見えます。「人間の姿で描くと生々しい」という印象を和らげ、親しみやすいものにする効果が動物の擬人化表現にはあるのです。人間で描かれると手に取らなかった人も、雀で描かれれば手に取りたくなるのではないでしょうか。

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(右)歌川国芳《四代目中村歌右衛門死絵》名古屋市博物館蔵(尾崎久弥コレクション)
(左)歌川国芳《猫の百面相 荒獅子男之助ほか》個人蔵

国芳は数多くの擬人化猫作品を描いていますが、その中で本展で注目して紹介されている作品が2つあります。

ひとつは「猫の百面相」。人間の多彩な表情を猫の顔に落とし込んで描いたもので、特に歌舞伎役者の顔を猫に置き換えた作品は制作当時も非常に人気を集めました。
上の写真の作品は右の役者絵と見比べると、ちゃんと役者の顔が反映されていることがわかります(どの猫が右の役者さんなのかわかりますか?)
当時の役者絵は「この人はこんな顔に描く」という型がある程度決まっていたそうで、当時の人は「この目付きは○○だ!」とすぐわかったそうです。
また、国芳は普段から市井の人や舞台上の役者の表情変化に注目していたそうで、人々の表情のスケッチや、表情変化をテーマにした作品を数多く残しています。人間のさまざまな表情や個性豊かな顔つきを細やかに観察していた国芳の確かな技量が、「猫の百面相」には大いに生かされています。

ちなみにこの「猫の百面相」、絵が描かれた団扇を小道具として役者が舞台で使ったり、作品からイメージした新たな演目も作られる逆輸入現象が起きるほどの人気ぶりだったそう。会場には、国芳が自らその舞台の様子を役者絵として作品化したものも展示されています。

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山東京山作・歌川国芳画『朧月猫の草紙』個人蔵

もうひとつが擬人化猫を主人公にした「おこまものがたり」。国芳が挿絵を担当し、同じく猫好きの作家・山東京山と組んで出版した、小説『朧月猫の草紙』が一躍大ヒットし、長編シリーズ化するベストセラーとなったことで一大人気ジャンルとして確立しました。

物語は、商家の雌猫「おこま」の一代記。恋に落ちたり、三角関係になったり、武家のお姫様にスカウトされて出世したり、先輩猫に意地悪をされたり...とにかく波乱万丈の"猫生"を描いています。なかには行燈の油をなめてしまうなど猫ならではのリアルな生態を取り入れた場面や、有名な歌舞伎の演目のパロディも満載の内容です。(元ネタの歌舞伎の演目を描いた作品も会場内にあるので、見比べてみるとより楽しめますよ)

この「おこまものがたり」は子供向けバージョンも作られ、子どもたちにも「猫の擬人化」が浸透することになりました。
その流れもあってか、子供向けの教材やおもちゃの中にも擬人化された猫は非常に好んで使われるようになったそう。これらはおもちゃ絵と呼ばれ、学校に通う様子を描いたものや、とんとん相撲や着せ替え人形など、いわゆるペーパークラフトも会場では紹介されています。

moshimoneko_repo(9).jpg歌川国利《流行ねこの温泉》個人蔵

特に当時人気だったという題材が「猫の温泉」。明治初期の頃は子ども向けの絵草紙屋(娯楽目的の本や印刷物を扱う一種の書店)にはよく並んでいたものだそう。本来なら水が苦手でお風呂に寄り付かないはずの猫たちが温泉を楽しんでいるという滑稽さも魅力です。

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おもちゃ絵の一部を、マグネット仕様で実際に遊ぶことができるコーナーも設けられています。昔の子どもたちがどんなふうに遊んだのか、体験してみてはいかがでしょうか。他にもフォトスポットもあり、絵の中に入って自分も猫に変身したような感覚で楽しめるようになっています。


しかし、国芳の力があったにせよ、ここまで擬人化された猫が人気を集めることになったのはなぜだったのでしょうか。
学芸員さんによれば、猫は数ある動物の中でも特に「人間のそばにいる」動物であり、猫は「家の中の鼠を退治する」という役目があったため、室内で飼われることが多く、人間と過ごす時間が長い傾向があったことが影響しているのではないか、とのこと。近くで過ごしているのに不意に姿を消したり、何をしているのかわからない気まぐれさに神秘的なものを感じたり、仕草や骨格に表情を感じさせる猫は、他の動物以上に"人間に近い"存在に見え、擬人化のイメージが馴染みやすかったのかもしれません。

今でも身近な「擬人化」ですが、国芳をはじめとする江戸時代の人々も同じように、むしろ今以上にその世界を楽しんでいた様を感じられる展覧会でした。そして「より面白いものを描きたい、見た人を驚かせたい」という国芳の熱意と溢れる想像力が、こんなに豊かな擬人化ワールドを生み出したのではないか、そんなように思いました。
この機会に、愉快な猫たちが誘う「擬人化」ワールドにじっくり浸かって、味わってみてはいかがでしょうか。

開催は11/12まで。

もしも猫展(京都文化博物館/~2023/11/12)

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