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【レポ】Au Passage(オ パサージュ)4人の個展―競馬場のパサージュにて

2023/11/13

競馬場の「通路(Passage)」が不思議なアートの回廊に!
アーティスト×「馬」の四者四様のアプローチ。

repo-AuPassage (7).jpg「Au Passage 4 人の個展 − 競馬場のパサージュにて」展示風景 撮影:福永一夫

今回紹介する展覧会は、ちょっと変わり種。
なんと会場が"競馬場"なんです!

Au Passage 4人の個展-競馬場のパサージュにて」は、2023年春にグランドオープンした京都競馬場と、同年秋に新キャンパスに移転した京都市立芸術大学、双方のリニューアルを記念したコラボ企画展。
京都に縁があり、現在美術界の第一線で活躍されている日本を代表するアーティスト、西野陽一さん・森村泰昌さん・八木明さん・山本容子さんの4名が、京都競馬場の建物内にある通路のショーウインドウでそれぞれ制作した新作を展示するという試みです。

テーマは競馬場ということもあり「馬」。
それぞれジャンルも作風も全く異なる作家さんなので、絵だったり写真だったり立体だったりと四者四様のアプローチが楽しめる内容となっています。

森村泰昌さん

repo-AuPassage (6).jpg「Au Passage 4 人の個展 − 競馬場のパサージュにて」展示風景 撮影:福永一夫

森村泰昌さんは、世界的な名画の登場人物に扮したポートレイト作品などで知られる現代美術家。近年では京都市京セラ美術館でも大規模な個展を開催され話題を集めています。

「今回は馬がテーマなので、馬が主役に据えられている作品をモチーフに選びました」という森村さん。今回発表する新作はダヴィッドの《サン=ベルナール峠を越えるボナパルト》に描かれたナポレオン・ボナパルト(ナポレオン1世)に扮した作品です。
完成したセルフポートレイトの他、背景に使った立体模型や、セルフポートレイトに至るまでのスケッチ画、そして実際に森村さんが撮影で着用した衣装も展示されています。

森村さんの名画シリーズは、「平面に描かれたものを小道具や人間のモデル(自分)という立体にし、それを再び写真という平面にする」という平面→立体→平面のアプローチが特徴。これにより、実物(立体)に比べてどこを誇張しているか、何を描き描かないかなど、絵に込められた作者の意図を浮き彫りにします。
実際に絵のナポレオンに扮してみると「ナポレオンの足はそんなに長くはない」「翻るマントは原寸大にすると非常に丈が長い」など、ダヴィッドがナポレオンをヒロイックに描くために誇張していたポイントが見えてきた、と森村さん。

repo-AuPassage(8).jpg森村泰昌さん

また、ナポレオンと並び絵画の主役となっている白馬は、馬に静止してポーズを決めてもらうことはできないので、本物の馬が障害を飛び越える瞬間を撮影し、後で合成したのだそうです。
その分、本物ならではの一瞬の躍動感が出せた、と森村さんはいいます。
「馬の身体や表情の面白さは、動いている状態では見えない部分もあります。自分の作品は写真なので、動いているときの一瞬をフリーズさせている。瞬間のもつ面白さを感じて頂ければと思います」

会場内ではメイキングの様子(他の作家さんのもの、インタビューも含む)も映像で紹介されています。
「普通に絵を描く以上に遠回りをしながら作品を作っているので、絵だけではわからないプロセスを見る人にも共有してもらい、共に絵になる体験をしてほしい」と森村さん。ぜひこちらも併せてチェックを。

八木明さん

repo-AuPassage (5).jpg「Au Passage 4 人の個展 − 競馬場のパサージュにて」展示風景 撮影:福永一夫

八木明さんは、走泥社の創立者のひとりで近代日本における抽象陶芸の開拓者、八木一夫さんのご子息。美しい青白磁を活かした繊細で清新な作品で、国内外で評価されています。

「馬をやきものでどう表現したらいいか、自分らしい"馬"の表現を意識しました」という八木さん。
八木さんの作品は、青白磁製の入れ子の器(24個)と馬の飾りがついた籠のセットと、壁に飾られた3枚の陶板画で構成されたインスタレーションです。入れ子の器は全て重ねれば籠の中に収められるようになっており、連続性のある器=躍動感やスピードのイメージに重なり、それが馬の籠に収まる=馬が持っているちからのイメージとして、馬という生き物が抽象的に表現されています。

Aupassage-repo (7).jpg八木明さん

陶板画は、左の篆刻文字(漢字)と右の甲骨文字(漢字の原型)、そして真ん中に騎馬武者が主役の祭「相馬野馬追」で知られる現・福島県相馬市/南相馬市を治めた武家・相馬氏の家紋「繋ぎ馬紋」が並んでいます。古くから共に生きてきた、人と馬のつながりを示す作品です。また、ショーウインドウ風で平面的な展示空間を踏まえ、立体作品の上に平面の陶板画を配置することで目線の動きも意識されています。

「焼き物というと器もののイメージがあると思いますが、こんな表現もできると知ってもらえたら嬉しいですね」と八木さん。
それひとつで形が完成されている陶磁器が、同じ空間に複数並ぶことで生み出されるハーモニー。
様々な人や馬が同じ空間に並ぶことで形作られている競馬の世界ともつながりを感じました。

西野陽一さん

repo-AuPassage (2).jpg「Au Passage 4 人の個展 − 競馬場のパサージュにて」展示風景 撮影:福永一夫

西野陽一さんは、自然や動物を題材とした作品を手掛ける日本画家。
「普段は野生動物が主体なので、飼われている動物を描く機会があまりありませんでした」という西野さん。
今回「馬」を描くにあたって、実際に馬を観察してスケッチをされたそうですが、「飼われている馬たちは個性が強い。個々の性格がよりはっきりしている」と、野生の生き物にはない面白さを感じたといいます。

Aupassage-repo (6).jpg西野陽一さん

展示作品は2点。
大幅の作品《蒼嶺》は、京都競馬場で活躍し、その歴史に名を刻んできたさまざまな名馬たちの姿を描いたもの。興味津々そうにこちらを見ていたり、逆に興味なさげだったり、中にはちょっと変な顔をしていたり、今にも走りだそうとしていたり、それぞれの表情の違いの描き分けが見どころです。
西野さんはこの絵を通じて、馬たちそれぞれのもつ個性と物語の系譜を表現することをを試みたといいます。競馬がお好きな方なら「この馬はあの馬かなあ」と見覚えがある馬も見つかるかも?

もう一枚は、馬の母子を描いた《慈光》。無垢な仔馬と、やさしい眼差しを向ける母馬の姿が美しい作品です。西野さんいわく「一種の聖母子像のイメージ」とのこと。どんな生き物においても普遍的な、我が子を想う愛を描いています。
動の《蒼嶺》に対して静の《慈光》、アプローチの対比もポイントです。

山本容子さん

repo-AuPassage (4).jpg「Au Passage 4 人の個展 − 競馬場のパサージュにて」展示風景 撮影:福永一夫

銅版画家・山本容子さんの作品は、ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』に材をとったインスタレーション作品。

山本さんが「馬」のテーマから『鏡の国のアリス』の世界を展開した理由は、「競馬場はゲーム(遊戯)の場であり、馬はヒーロー。『鏡の国のアリス』はチェス盤(ゲーム)をベースにした世界で、ナイト(騎兵。駒は馬の形)がアリスを救うヒーロー」という繫がりから発想したそうです。

作品は、繊細な筆致で描かれた『鏡の国のアリス』の名場面の挿絵をチェス盤風に並べ、真ん中に鏡が据えられた構成になっています。『鏡の国のアリス』はチェスの知識がないと本当の意味で物語を読み解くことができない、極めてナンセンスな作品。山本さんは『鏡の国のアリス』の文章を読み解いた上で、その世界観を作品で具現化しています。

Aupassage-repo (5).jpg山本容子さん

鏡に描かれた眠る赤い人物は、鏡の国を生み出しているという「赤の王」。彼が見ている夢が鏡に映ったこの世界なのです。通路に沿ったショーウインドウ形式のため、展示ケースは奥行きがあまりない構造ですが、鏡の効果でずっと奥行きが深く見えるほか、作品を見る人も鏡に映り込むことでアリスと同じように鏡の向こうの世界に迷い込んだようにも見える設計になっています。

作品をのぞき込むと鏡に近づくので鏡の中の世界に入ってしまう。後ずさりすると鏡の向こうの自分もそこから離れ、ショーウインドウの外の現実に還る...そんなイメージで作られたといいます。

じっくり見るほど作品のなかに取り込まれてしまいそう!


repo-AuPassage (1).jpg

「京都競馬場は、京都市立芸術大学に通っていた学生時代によく馬をスケッチにきていた思い出の場所なんです」という山本さん。今回の展示も、山本さんが声かけをされて実現した企画なのだとか。

会場はタイトルの「Au Passage(パサージュ)」の通り、通路。
そこだけ他に比べて少し照明が落とされていて、競馬場の中なのですがそこだけがヨーロッパの路地のような、ちょっと別の空間に入り込んだような雰囲気になっていました。
普段ミュージアムやギャラリーで作品を見る時とはまた違った、新鮮な気持ちで楽しめる展覧会でした。

また、競馬場なので作品で「馬」を見た後に、本物の馬たちを見ることができるのもポイント。
作品のモチーフとなった馬たちに思いを馳せながら鑑賞するのも一興です。

京都競馬場の秋季オープン日(11月中の土日)にあわせての開催。入場料だけで鑑賞できますよ。
普段とちょっと違う「美術体験」をしてみてはいかがでしょうか?

repo-AuPassage(9).jpg「Au Passage 4 人の個展 − 競馬場のパサージュにて」展示風景 撮影:福永一夫

Au Passage(オ パサージュ)4人の個展―競馬場のパサージュにて(京都競馬場/~11/26)

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