【レポ】開館60周年記念 Re: スタートライン 1963-1970/2023 現代美術の動向展シリーズにみる美術館とアーティストの共感関係(京都国立近代美術館)
60年前の美術館にタイムスリップ!色褪せぬ1960年代アートシーンのエネルギー。
京都国立近代美術館は、2023年で創立60周年を迎えます。これを記念し、美術館が設立された当時、1960年代のアートシーンを振り返る特別展「開館60周年記念 Re: スタートライン 1963-1970/2023 現代美術の動向展シリーズにみる美術館とアーティストの共感関係」が開催されています。
この展覧会では、京都国立近代美術館の設立当初に9回にわたって行われたシリーズ展「現代美術の動向展」に注目。当時の展示作品や関連資料を、京都国立近代美術館の収蔵品のほか全国各地から集め、展覧会の再現を試みています。また同時に、当時の作家たちと美術館の関係性、京都国立近代美術館の在り方を見つめ直す機会としても位置づけられています。
1960年代の文化や流行が注目される昨今ですが、当時の美術館は、アートとは、どんなものだったのでしょうか。
※この記事は2023年4月の取材に基づきます。
「現代美術の動向」展から「Re:スタートライン」展へ
「現代美術の動向展」とは?
「現代美術の動向」展は、京都国立近代美術館の設立初期に館長を務めた今泉篤男氏が、「最新の現代美術の動きを紹介する」ことを目的に発案した企画展です。
当時は国公立の美術館がまだ少なかったため、現在ほど展覧会を大きな会場で開催する機会があまりなかったそうです。その上、まだ近現代の美術に目を向ける施設も少なく、中堅・若手の作家達は貸画廊などを会場に、個人や小さなグループ単位でバラバラに作品を発表している状況でした。
そんな中で開催された「現代美術の動向展」は、1年に一度のペースで若手アーティストの作品が集う貴重な機会であり、当時のアートシーンの様子を凝縮して紹介する場、作家たちにとっては美術館で展示ができる一種の憧れの的として認識されていたようです。
"京都発"の現代美術展の意味
「Re:スタートライン」展の開催に際して、京都国立近代美術館では当時の出展作品を一点ごとに確認し、現在どこに作品があるか、その動向を可能な限り調査しました。すると、ほとんどが国内の施設のパブリックコレクションとして収蔵され、各作家の代表作として扱われていることが分かったそうです。「現代美術の動向」展がその後の日本の現代美術を語る上で重要な作家・作品が揃う、非常にハイレベルな展覧会であったことがわかります。
そして、これを京都の美術館が開催したということにも、大きな意味があります。
「Re:スタートライン」展の企画を担当された研究員の牧口千夏さんは、「1960年代当時の美術についてはどうしても東京中心になっているものが多かった。このままでは京都の美術館が開催した「現代美術の動向」展の存在が埋もれてしまうという危機感もありました」と、企画のきっかけについてお話されていました。
「現代美術の動向」展の開催当時の文章には、東京ではなかなか取り上げられる機会が少なかった関西の作家を積極的に紹介したと書かれていたそう。また、広報誌に学芸員さんが京都の画廊で行われている個人の展覧会を紹介することもあるなど、美術館が積極的にアートシーンを盛り上げようとしていたそうです。
関西の現代美術の支えを目指した当時の美術館の姿勢が見えます。
一歩足を踏み入れれば、そこは1960年代の京近美。
展覧会は1963年の第1回(初回は「現代絵画の動向」で絵画のみ展示)から1970年の第9回までを章立てし、各章に当時展示された作品を展示しています。各章の入口には、当時の展覧会告知ポスターや当時の館長による挨拶文があり、会場を一周すれば「現代美術の動向展」をダイジェストで見て回ることができる構成です。
また、時系列順になっているので、1年ごとのアートシーンの様子や変化を作品を通じて感じられる仕様。1960年代の京都国立近代美術館にタイムスリップしたような感覚で会場を歩くことができます。
展示作品は抽象画やミクストメディアの平面作品、様々な素材を用いた立体作品、映像や音を駆使したインスタレーション、メディアアートなど多彩。特定のジャンルに拘らず、できるだけ様々な表現の作品をまんべんなく集めるというコンセプトだったそうです。(その中で当時の美術動向を特に示しているものを京都国立近代美術館側で選定しているので選ばれた作品には傾向はあり、批評性もあるとのこと)
今の現代美術でも見られる表現手法の先駆けともいえる作品も多く、60年も前に発表された作品という時間の隔たりを感じさせません。
1960~70年代は、それまでの具象的な絵画や彫刻といった美術表現の枠から脱却し新しい表現を求める動きが盛んだった時代で、抽象絵画、ネオ・ダダ、ポップ、コンセプチュアル、ハプニング、もの派など、今も使われる現代美術のキーワードの多くはこの時に生まれました。今見られる現代美術のルーツはこの時代にあるといえます。
当時の展示も展示室の隅で行われていたため、配置を含めて再現している
今回、展示作品はできる限り当時の姿に近い形で展示することを心がけられたそうです。例えば、松澤宥さんの《この一隅から・変化のために》は、本来は展示室の床に直接チョークで文字を書いた作品のため、実物は残っていません。これは「作家自身が書いた文字」そのものが作品なので、当時撮影された展示風景の写真を引き延ばして床に貼り付ける形で再現しています。
また、パフォーマンスアートやハプニングアートなど、その場限りの展示であったり再現が難しい作品に関しては、アーカイブとして残っていた展示風景の写真や映像、文章資料などを展示する形となっています。
中でも注目したいのが、素材を加工せずにそのまま展示することでその状況を作品化する「もの派」の代表的作家・菅木志雄さんの《無限状況》シリーズ。今回は1970年に京都国立近代美術館の館内で制作した作品の写真が展示されています。京都国立近代美術館が現在の建物に建て替えられる以前の様子を知ることもできる作品です。
上の写真左端、美術館の展示室の窓枠に角材をはめて開け放した作品を撮影したものは、窓の向こうに当時の外の風景が映っている点もポイント。まだ周囲に日本家屋が多く残り、遠くに東山を望む岡崎エリアの風景は、今と変わったところ・変わらないところを伝えてくれているよう。2023年の今自分がいる場所と当時の繋がりを感じさせます。
菅さんの作品は、美術館の階段に泥を塗り込んで平らなスロープ状にしたものも写真で紹介されています。制作中の様子も記録されている点が見どころです。今同じことをするのは難しいですが、こんな大胆な作品を許した当時の美術館と熱意あるアーティストの共同で作った作品ともいえます。
当時を振り返って、菅さんは「美術館のスタッフは慌てていたが、まだ若かったこともあり、自由にやらせてもらえたのはとてもありがたかった」と仰っていたそう。多少の無茶も作品として受け入れる京都国立近代美術館の姿勢、美術館とアーティストに良い関係性ができていたことが感じられます。
(1969年(第8回)「現代美術の動向」展で実施したハプニングアート)の記録写真と関連資料
を前に語る、メンバーの一人・池永恵一さん
また、ちょうど1960〜70年代は学生運動の最盛期でもありました。若い作家が集まる場であった「現代美術の動向」展も、時代の情勢と無関係では居られなかったことは想像に難くありません。
ゲストで来場されていた第8回展(1969年)に参加したアート集団「ザ・プレイ」の池永慶一さんは、京都国立近代美術館の玄関前広場でハプニングアートを行った際、学生運動に参加している学生グループに妨害されるトラブルに見舞われた話を当時の写真や関連資料を前にして下さいました。
邪魔をしてきた学生たちはなんと芸大生だったそう。「彼らは私たちが公立の施設で発表をしたことを政治的に結び付けて考え、それが気に入らなかったのでしょう。芸大生ならアートの土俵で自己主張するものだと思っていたので、まさかそんなことをされるとは思わず驚きました。」と池永さんは仰っていました。
新しいものを生み出そう、時代を変えようとするような強いエネルギーは、アートだけのものではなくその時代に生きる若者たち全体に溢れていたものだったのでしょう。だからこそ、たとえ芸大生であってもアートではなく別の方向に向かう人も多かったのかもしれません。
当時の持てあますほどの熱気が溢れる空気感が、作品とエピソードを通じて伝わってきました。
その他にも、随所に作品と併せてキャプションに当時の写真が添えられているので、今展示されている作品が当時はどのように配置されていたのか、見比べて楽しめます。また、当時の展示風景の写真がスライドショー形式で見られるスポットも各所に用意されています。
何故1970年で終わってしまったのか?
「現代美術の動向」展は、1970年の第9回を最後に開催が終了します。何故この回で終わってしまったのでしょうか?これには諸説あるようです。
もちろん、時代情勢が影響した面も少なからずあったかもしれませんが、京都国立近代美術館としては、次の理由を挙げられていました。
まずは、ちょうど展示を主導してきた館長やスタッフが入れ替わりになったこと。そもそも「現代美術の動向」展は当時の館長の思いが合って生まれた企画であったため、スタッフが変われば方針も変化し、続けることが難しくなった可能性があります。
そして展覧会の開催スタイルが、現在も見られる新聞社などとの共催形式が主体となったこと。また、国立国際美術館をはじめ現代美術を展示する施設が新設され、必ずしも京都国立近代美術館が現代美術を背負う必要性がない―美術館の役割が変化したことも、影響したと考えられているそうです。
他にも、様々なジャンルの作品を学芸員が選び網羅的に紹介するという美術館の展示手法や、公募展の審査委員会方式が「誰が選んだのかわかりにくい」と選定者の顔が見えにくいことを批判する向きもあり、美術館で展示をすることそのものが問い直される時期でもあったようです。
タイトルにもある「美術館とアーティストの関係」が変わっていったことで、「現代美術の動向」展は役目を終えてしまったのかもしれません。
しかし、60年の時を越えて「Re:スタートライン」展として、2023年にその展示を復元することができたことは、その時に築かれた美術館とアーティストのつながり、そして現代まで残されていた記録の存在の賜物。そして京都国立近代美術館がずっと存在し続けていたことが、もう一度「現代美術の動向」展に命を吹き込んだ、そんなように感じました。
60年前を振り返って、これからの60年への「Re:スタートライン」。
「ポスターでふりかえる京近美の60年」も併催(こちらは12/17まで。途中展示替有り)
どの作品も驚くほど古さを感じさせず、「新しいものを作り出したい」という気概やエネルギーが伝わってくるものばかりで、1960~70年代当時の空気を新鮮に感じられる、アートの「時代を超えて伝える」力を感じる展覧会でした。
展覧会に際し、福永治館長はあいさつで「この展覧会は、これまでをふり返るとともに今後の活動を展望する、タイトルの通り「リスタート」のための展示です。今のスタッフは開館当時を記録でしか知らないが、その心はもっている。"京近美"らしさをもってこれからの一歩を踏み出していきたい」と仰っていました。
これからの京都国立近代美術館が、どんな60年を踏み出していくのか、それもとても楽しみになりました。
なお、「Re:スタートライン」展は図録も見どころ。非常に凝った作りで、「現代美術の動向」展開催当時の図録画像を見ることができるほか、ページ間にチケットや収蔵のために作品情報を記録した調査票のレプリカ等、各種資料が挟み込まれています。図録でも「現代美術の動向」展を再現する仕掛けです。こちらも併せてぜひ。
開催は7/2まで。
■ 開館60周年記念 Re: スタートライン 1963-1970/2023 現代美術の動向展シリーズにみる美術館とアーティストの共感関係(京都国立近代美術館)