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【レポ】特別展 初代 志野宗信没後五百年記念「香道 志野流の道統」(細見美術館)

2023/04/06

「香」を聞き、目で愛で、心で味わう香道の世界。

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部屋でアロマを楽しんだりお香を焚いたり、はたまた香水をつけたり...現代でも香りを楽しむ文化は広くあります。その中でも、古くから伝えられてきたものが「香道」です。

「香道」とは、決められた作法のもとで香木を焚き、その香りによって和歌や古典文学、四季や行事等の情景をイメージしたり、香りの優劣を競ったり何の香りか当てる遊びを通じて香りを楽しむ芸道です。
でも、言葉は聞いたことがあるけれどよく知らないという方も多いはず。そんな香道の世界に、香道流派の一つ・志野流のコレクションや資料を通じて触れられる展覧会 特別展 初代志野宗信没後五百年記念「香道 志野流の道統」が、細見美術館で開催されています。今回は、展示の様子と見どころをレポートでご紹介します。


※このレポートは2023年3月の取材内容を基にしています。観覧時期によって展示内容が異なっている場合がございます。予めご了承ください。

※記事公開時、文章内の香道具「銀葉」の説明について誤記がございました(現在修正済)金属製ではなく雲母(鉱物製)となります。お詫びいたしますと共に訂正させて頂きます。(4/11)

「香道」のお手前

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取材時には志野流の若宗匠(次期家元)、蜂谷一枝軒宗苾(はちや・いっしけん・そうひつ)さんが実際の香道のお手前がどんなものか、デモンストレーションして下さいました。

本来、香道のお手前は香りが僅かなうえ、他の香りと混ざってしまうことから締め切った室内で行うそう。会場となった細見美術館のお茶室・古香庵は半野外スタイルのため、少々珍しい状況のお手前になりました。

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まず聞香炉(ききごうろ/お香を味わうための手にとって用いる器)に灰と熱源となる「炭団(たどん)」を入れたら、灰を山型に整え、「火筋(こじ)」という細い棒を使って「箸目」という筋模様をつけます。箸目の形はお手前の格式によって異なります。

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盆の上に落ちた灰を袱紗で拭いた後、今回使う香木を盆に出します。この時の袱紗の畳み方や一時的に帯に挟んでおくやり方にも、所作の形があるそうです。

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箸目がついたら灰山の中心に「火筋」で熱が通る穴をあけ、その上にのせた「銀葉」に香木を置きます。これで準備は完了。じんわりと熱が伝わり、香りが立ち上ってきます。

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香道では香りを「嗅ぐ」ではなく「聞く」と表現します。単に香りを「嗅ぐ」だけでなく、その香りに心を傾け、五感を総動員し、自分の記憶や知識、経験などからイメージを膨らませて、心の耳で「聞く」ことで楽しむ。そんな姿勢が込められています。

香りを聞く時は器を片手で覆います。これは立ち上る微かな香りを逃がさないだけでなく、器そのものを一つの宇宙に見立て、手=天で蓋をしているということなのだそう。
なお、灰山の高さが1㎜違っても、その時の季節や天気、温度や湿度、土地の空気によっても、香りが全く違ってくるそうです。

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私も香りを聞かせていただきました。最初は甘さの方が先立って感じたのですが、器をひと回しすると少しまろやかになったような気がしました。ほんの一瞬の差でも変化する香りは、まさに一期一会です。

「香りは目に見えないものだし、道具は使うものなので、こんなに道具や関連する品々を一堂に展示するのは初めての機会です。品々を通じて、お香の世界を感じてみてほしいです」と若宗匠は仰っていました。

義政から志野家へ、受け継がれた「香道」の空間

shinokodo_repo(7).jpg第一展示室に入って右手では、志野流の香座敷「松陰軒」の空間の雰囲気を道具のしつらえで再現展示しています。「松陰軒」は、現在志野流家元が暮らす名古屋に建てた香座敷で、かつて銀閣寺にあった足利義政好みの香道専用の座敷を模したもの。香道が生まれた当時の雰囲気を今に伝える空間です。

「香」と書かれた掛軸は、十九代・幽求斎宗由(若宗匠の祖父)の筆によるもの。ちょうど太平洋戦争の時期の当主で、空襲で焼失した自邸の復旧の傍ら、全国に香道を普及する組織活動をしたり、廃れてしまった寺社での献香式の復興に務めた方だそう。現代の香道の在り方、その姿勢が象徴されているようです。

香と日本文化の関係

もう一方の壁面では、細見美術館の所蔵品を交えて香道が始まる以前からのお香と日本文化の関係が紹介されています。
日本にお香の文化は仏教と共に中国から伝えられ、当初は儀式用として用いられていました。今も仏事の際にお焼香やお線香を使うルーツです。

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展示されている仏画にも、仏様を表す梵字の前に香炉が置かれていたり、阿弥陀如来に同伴する菩薩が取っ手のついた香炉を持っている様子が描かれています。(絵の前には描かれたものと同じような作品も展示されています)

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その後平安時代になると、香は儀式だけでなく貴族たちが部屋や衣装・髪に焚き染めて楽しむようになります。こちらは江戸時代のものですが、香を着物に焚き染めるために用いた道具です。貴族たちは次第に自分独自の香を作るようになり、香りで「これはあの人だな」と判別することもあったとか。

室町時代には香の文化は武家社会へ広がります。室町幕府の八代将軍・足利義政も香を大変好んだ人ですが、さまざまな香をきちんと芸道として体系化することを試みます。そこで、従来の公家流のスタイルを受け継ぎ、三条西実隆を祖とする「御家流」と、義政に仕えていた志野宗信による武家向けの「志野流」の2つの香道の流派が生まれ、香道の文化を発展させていきました。

香道を守り継いだ志野流20代の系譜

第二展示室は、志野流の20代続く系譜とその歴史に注目。
元々志野流代々の家元は京都で暮らしていましたが、幕末の禁門の変による火災で家が焼けてしまい、明治以降は昔から交流のあった尾張徳川家の計らいで名古屋に移ります。しかし名古屋の家も太平洋戦争で火災に遭い、焼失してしまったお道具等も多いそう。今回展示されている作品は、その困難の中でも守り伝えられたものです。

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最初に展示されているこの掛軸は「香十徳」。古くから伝わる香のさまざまな効能を、中国・北宋時代の詩人・黄庭賢がまとめたもので、香を学ぶ上での指標となるものだそう。

「感覚を研ぎ澄ます」「心身を正常にする」「眠気を覚ます」「孤独感を癒す」「忙しい時も心を和ませる」といったところは、今で言うアロマテラピーにも通じるものがあります。「何百年たっても朽ちない」というところは、時代を超えた香りの力、そしてそれを受け継いできた人々の心意気そのもののようです。

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壁面には、志野家歴代の肖像画や書が並びます。若宗匠曰く、歴代の肖像画には時代背景が感じられるとのこと。例えば、戦国時代が終わった直後の人は穏やかそうな表情をしているのに対し、困難な時代だった幕末の頃の人は厳しい顔つきで描かれているように見えるそうです。それでもここに並ぶ人々がどんな状況であっても香道を次の世代へと守り伝え続けてきたのです。

「私の父までの20人、誰か一人でもやめてしまっていたら今の香道は残っていない。長い歴史と共に、続けていくことの凄さ、大切さを展示作業を通じて感じました」と若宗匠も仰っていました。

限りあるものだからこそ大切に―香木から学ぶ心意気

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志野流歴代が大切に守ってきた香木も展示されています。お手前の際に使う香木は、この木の塊のような本体から少しだけ削りだしたものです。

shinokodo_repo(12).jpgそんな香木の中でもとくに有名なのが、この絵に描かれている「蘭奢待(らんじゃたい)」。東大寺正倉院の宝物として伝えられてきた天下一の名香といわれる香木です。切り取ったのは足利将軍に織田信長、明治天皇とそうそうたる面々ばかり...

なお、蘭奢待の香としての名は所蔵元に因んで"東大寺"というのですが、香木は焚いて使うため「お寺の名がついたものに火をつけるのは縁起が悪い」として、各漢字の中に"東大寺"の文字が含まれる「蘭奢待」をあてたのだそうです。香木の包紙に香りそのものを示す"東大寺"の名で書かれている場合、その中身は蘭奢待の一部ということになります。

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その蘭奢待が、志野流にはいくつか伝わっています。そのうちの一つ、足利義政の切り取った蘭奢待が含まれるのが、この「六十一種名香」。これは普段人に見せるものではないという、志野流の至宝です。
足利義政の銘を受け、志野流初代・志野宗信は250種近い香木を聞き、種類を六国、香りの味わいを「辛・甘・酸・苦・鹹(塩からい)」の五味に分類します。そして特に優れている香木を選りすぐったものがこの六十一種名香です。そんな数ある名香中の名香とされたのが「東大寺」。つまり蘭奢待の一片でした。

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「六十一種名香」は、美しく装飾された香箱と、11種ずつ分けられた香包、そして香木それぞれを色とりどりの紙で包んだものがセットになっています。

香木は一つひとつが唯一無二。自然に生まれる香木はそれぞれに含まれる香りの成分のバランスが異なるため、例え産地や種類が同じでも全く同じ香りの木ができることはありません。そのためその香木を使い終えたらその香りは存在しなくなってしまいます。

「香木は本体から何人分も削りだせるので、他の家でも同じものを持っていますが、皆が楽しめるよう、各自持っているのは小さな欠片のみ。これを使い切ったら二度と同じものはありません。なので、本当に大切に子孫へ伝えているんです」と若宗匠は仰っていました。

香木は、主に東南アジア等で熱帯雨林の枯れ木に樹脂や精油等の香り成分が途方もなく長い時間をかけて蓄積されてできる、自然の産物。意図して栽培したり増やしたりもできません。数も多くはないため、輸入して手に入れるだけでも一苦労でした。(そのため芸道としてもやれる人が限られ、文化的にも一般大衆化ができなかったとか)
一つを大事に、少しずつ、小さな小片からさらに小さな小片を割り削って使う。限りのあるものだからこそ大切にする、それも香道の精神です。

香道具のいろいろと遊び心

香道の場では様々な道具が使われます。それはどれも「香り」の世界をより楽しむための工夫が凝らされたものばかりです。

例えば、香木を入れておく棚の戸や、袋についている紐。この紐の結び方にも、志野流では形やお作法があるそうです。

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「志野流結物」はそんな紐の結び方の見本。色とりどりの丸い巾着袋(志野袋)の上に、花等を模したさまざまな形の紐結びがされています。季節や行事に合わせて紐の結び方を変えるのだそう。中には海老や鶴、亀の形も!

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こちらは「挿枝袋」。宿直袋(平安時代、泊まり仕事をする役人が荷物をまとめていた巾着袋から転じたもの)に季節の花の造花が飾られています。香道の席では、香木の香りを邪魔しないため、他の香りを放つものを持ち込むことはご法度。そのため部屋に生花を活けて季節を演出...といったことができません。それでも季節を感じられるようにしたい。そこで造花やカラフルな袋、紐など、目で楽しめる要素を工夫したのでしょう。

より遊び心が感じられるのが「組香」の道具たち。「組香」とはさまざまな香りを聞き分け、何の香りかを当てて競うゲーム性の強い手法です。そのため、場を盛り上げるために様々なテーマの道具が作られました。
なかでも代表的な組香が「源氏香」です。源氏物語をテーマにしたもので、使用する五種二十五包を組み合わせた全52の組合の香にそれぞれ源氏物語の各巻(桐壺・夢浮橋を除く)の名がつけられています。

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こちらは十種香箱。道具や香木など必要なものが箱一つに収まるようになっています。ちなみに収め方にも作法があり、知らない人がやってもきちんと収めきれないとか...。綺麗な折り目のついた香包は「志野折」と呼ばれ、家元だけの包み方だそうです。

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こんなユニークなものも。こちらは「競馬香(けいばこう)」といい、上賀茂神社で行われている賀茂競馬をテーマにした組香の道具!行事も季節の情景の演出として、香道の席では取り入れられていたんですね。競馬(くらべうま)の様子を描いた屏風を背に、競技盤の上を旗手を乗せた可愛い馬が走っています。

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こちらは三十三間堂で今も1月に行われている行事・通し矢をテーマにした「矢筈香」。道具が矢や的を思わせる形になっていますね。


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展示室の最後には、明治天皇が削られた蘭奢待(東大寺)が展示されています。 香木の小片は指先ほどの小さなもの。これを大切に長く伝えていくために、包や箱に何重にも収められているのです。 限りある貴重なものの分かち合い方、目に見えない香りという存在の楽しみ方。そのための工夫が数百年にわたって守られてきたかたち。蘭奢待を収めた箱は、香道そのものの在り方を示しているようでした。

道具などは見たことはあっても、実際はどのように道具を使うのか、どんなことをしているのかはよく知らなかった香道の世界。そこに少し近づいたような気がする展覧会でした。

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ちなみに、ショップでは志野流がプロデュースした商品を含め、気軽に「香」を楽しむグッズが販売されています。(中には香木の香りを体験できる石鹸やハンドクリームといったカジュアルなものも!)
目に見えない香りを道標に、自らの心と向き合う。そんな「香」の世界を、日常に取り入れてみてはいかがでしょうか。


特別展 初代志野宗信没後五百年記念「香道 志野流の道統」(細見美術館)~2023/5/21

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