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【レポ】少女たち―夢と希望、そのはざまで 星野画廊コレクションより(京都文化博物館)

2023/08/03

有名無名不問。老舗画廊の審美眼が見出した、色褪せない珠玉の「少女たち」

shoujo-hoshino_repo(1).jpg星野画廊外観

京都国立近代美術館や京都市京セラ美術館から徒歩5分ほどのところ。神宮道沿いに「星野画廊」という画廊があります。岡崎公園近くに足を運んだことがある方なら、その外観に見覚えがあるのではないでしょうか。

実はこの星野画廊、約50年の歴史の中で知られざる優れた画家たちを多数発掘・紹介し、日本の近現代美術史の研究にとても大きく貢献をしたすごい画廊なのです!

shoujo-hoshino_repo(2).jpg京都展の内覧会に来場された星野さんご夫妻。
隣の絵は鏑木清方に師事した画家・増原宗一の《雪月花幻想》(1920-26年)。
日本の"美"の象徴、雪月花をそれぞれ関係する逸話とともに女性の姿に託して描いた作品です。
真ん中は月にウサギがいる理由を説いた今昔物語集が題材で、活き活きと描かれたウサギたちも見どころ。

画廊を経営する星野桂三さんと万美子さんご夫妻がこれまでに見出し、世に紹介してきた画家は、京都国立近代美術館で開催された大回顧展が記憶に新しい甲斐荘楠音や、近年注目されるようになった笠木治郎吉、それ以前にも岡本神草、秦テルヲなど枚挙に暇がありません。

そんな星野画廊のコレクションの一部を紹介する展覧会「少女たち」が、2023年〜2025年の2年間をかけて全国6か所で開催されます。今回は、その皮切りとなる京都文化博物館の展示をご紹介します。

星野コレクションのエッセンスを集めた、幅広い121点の"少女"たち

shoujo-hoshino_repo(3).jpg「少女たち-星野画廊コレクションより」京都展(京都文化博物館) 会場風景

開催にあたってのご挨拶で、星野さんは「皆が知っているような作品は美術館で見れば良い。私達のような小さな画廊は、皆が知らない作品から良いものを見つけて紹介すれば良いのではないか。それが我々の役目なのではないかと思い、今まで活動してきました」と仰っていました。

shoujo-hoshino_repo(5).jpg「少女たち-星野画廊コレクションより」京都展(京都文化博物館) 会場風景

「少女たち」展に登場する作品は、そんな思いの下で蒐集して来た星野画廊の膨大なコレクションの中から、星野さんご夫妻自ら作品を選び、さらにその中から監修者・展示会場の学芸員さんが協力して121点まで絞り込んだもの。星野コレクションのエッセンスを凝縮した作品群です。

あえて女性像に絞ったのは、星野さん曰く、「まだまだ手元には紹介しきれていない作品が山ほどあるが、流石に限界があるので...今回はまずとっつきやすいところからにしました」とのこと。

shoujo-hoshino_repo(8).jpg
明治時代に活動した画家・笠木治郎吉の作品たち。
長く忘れられ"謎の画家"とされてきた笠木治郎吉ですが、近年経歴のわかる資料なども見つかり脚光を浴びるようになりました。
笠木は新設された小学校に行き始めた少女や、農村や漁村で働く少女など、当時を生きる人の姿を数多く描いています。
どこか懐かしさを感じる描写が魅力です。

展覧会は8章構成。明治や大正といった時代を感じられるものから、四季の描写、有名な歴史や逸話に基づいたもの、モダンガールなど近代性を感じるもの、そして日本は勿論海外の女性をモデルにした作品など、様々な切り口や視点で作品が並んでいます。この章立ては、星野さんご夫妻が作品収集にあたって大切にしてきた着眼点に基づいています。

shoujo-hoshino_repo(6).jpg「少女たち-星野画廊コレクションより」京都展(京都文化博物館) 会場風景

展覧会の全体監修を担当した上薗四郎さんいわく、「星野画廊の展示を行うということは、星野さんの"眼"を紹介するということ」なのだそう。その"眼"を感じられるように、作家ごとではなく描かれた内容をベースに作品を配置したそうです。そのため秦テルヲなど、同じ画家の作品が会場内のあちこちに散らばって展示されていることもあります。

shoujo-hoshino_repo(7).jpg図録の表紙や本展のポスターなどでも使われている、粥川伸二の《娘》。
丁寧に描き込まれた着物の図柄はもちろん、日傘にも花柄の透かし模様が。
着物の下に柄物のブラウス、そして洋髪と見事な和洋折衷スタイルで決まったお洒落な少女像です。
※隣に映っているのは、京都会場の担当を務めた京都文化博物館学芸員の植田彩芳子さん。

また、「少女たち」というタイトルではありますが、作品に描かれている女性たちを見るとその線引きは大分曖昧です。"少女"と聞くと、大体10代くらいがイメージされますが、まさしくそのくらいの少女もいれば、まだそこにいたらないあどけない幼児、少女から大人に差し掛かった女性、少女の頃を思い返しているような大人の女性、子供を抱えた母親、などなど...展示品には幅広い年齢層の女性たちが登場しています。

shoujo-hoshino_repo(15).jpg秦テルヲ《渕に佇めば》1917年
思わず立ち止まらずにはいられない暗いオーラを放つこの絵。
真っ赤な沼は娼婦が落ちるとされた血の池地獄のよう。女性の苦しみや悲しみに向き合った、こんな作品も見られます。
秦テルヲの作品は他にもあり、出産の痛みと戦う女性や、自分の家族をモデルにした穏やかな母子像などさまざま。
後期の作品は名前を見ないと同じ人の絵とは気づかないくらい、全く違う筆致になっています。

そして女性像といってもいわゆる「美人画」ばかりを集めたわけではない点も特徴。勿論可愛らしい、美しい、幸せそうに微笑む女性像もあるのですが、岡本神草や甲斐荘楠音などの、いわゆる「妖しい絵」といわれる生々しいほどリアルで蠱惑的に描かれた女性像や、女性の苦悩する姿や哀しむ姿に向き合った秦テルヲのように女性の人生における悲喜こもごもや人間的な感情に向き合った作品も多く見られます。女性像というテーマ持つ幅広さが感じられます。

shoujo-hoshino_repo(4).jpg岡本神草《拳の舞妓》(1922年頃)
京都国立近代美術館所蔵の《拳を打てる三人の舞妓の習作》(星野さんが発見に大きく関わった作品)の関連作品。
お座敷遊びをする舞妓さんを描いていますが、生々しいほど描写がリアル!
目元の光の描き方や、口元の緑色に光る笹紅など、細かなところも間近でじっくり見たい作品です。
※この作品は撮影可となっています。

また、展示作品の中には、名前を聞いたことがある作家もいれば、作家名はあっても詳細がわからないもの、そもそも作家名すら不明というものが多数含まれているところ展覧会の、そして星野画廊コレクションの大きな特徴です。

20230714_133243.jpg「少女たち-星野画廊コレクションより」京都展(京都文化博物館) 会場風景

例えば、この写真に映っている3点の作品は、全て作者不詳。作者はサインはあっても資料も記録もなくどこの誰なのか、詳しいことはわかっていません。でもどれも画力もセンスもすばらしいもの。赤い大きなリボンが目を引く可愛らしい女の子の絵は鎖柄の着物や、麦わら帽子の籠などモダンな意匠を取り入れたセンスも素敵です。葉や花の丁寧な描写など、画家のすぐれた力量も感じます。作家の名前が知られているかどうかは、作品の良さそのものとは別の話であることが伝わってきました。

shoujo-hoshino_repo(11).jpgのサムネイル画像手前の踊る少女の絵は、幸田暁治《舞》。
実はモデルになったのは札幌五輪で一躍スターとなったフィギュアスケート選手、ジャネット・リン。
失敗しても笑顔で踊り続けた彼女の姿が、画家の心を惹きつけたのでしょう。
キラキラ輝く衣装の蝶柄が光を纏って少女を包み込んでいるかのようです。

無名の作家や詳細のわからない作家の作品も展示することに対して、星野さんはこんなことを仰っていました。
「作品を見るときは画家の名前ではなく描かれたもので見るように気をつけています。作者の名前から入ってしまうと作品そのものの良さを見れなくなってしまう。誰が描いたかではなく、これはなんだろう?と感じられることがまず大事なんです。その上で描いた人がどんな人なのか、できる限り調べて、その絵に向かうことにしています」

どんなに名の知られた作家の作品だろうと、上手くなければだめ、絵から内容や想いが伝わってくるものでなければだめ。まずはその絵そのものの良さを見極めること。本当に良い作品なら、誰が描いたかを知らずとも良さや魅力が感じられるはず。だからこそ、星野さんのコレクション、そして今回の展覧会には有名無名問わず作品が並んでいるのです。星野さんの絵の見方はどこまでもシンプルで、作品に関してとても真摯なものです。

素直に「素敵なもの」を見る楽しさを思い出す展覧会

shoujo-hoshino_repo(14).jpg
手前の作品《窓辺御簾美人》は、描表装の技法で簾を巻き上げようとする女性が窓から身を乗り出しているような
立体感を表現した楽しい作品。
枕草子の一場面が元ネタだそうで機知に富んでいます。
なお作者名は入っていますが詳細不明。

京都文化博物館の展示を担当された学芸員の植田彩芳子さんも、「この展覧会を見る時は、作品を見る自分の目を大事にして欲しい」と仰っていました。誰が描いたかにこだわらず、まずは純粋に自分の好きなもの、お気に入りの作品、いわゆる"推し"の少女像を見つけて楽しんでほしい、とのこと。

展覧会を見る時、描いた人や背景の情報ばかりを気にしすぎると、作品そのものに対する感覚、自分がどう感じたかが後回しになってしまうことがあります。その点「少女たち」展は、星野さんというコレクターの美術の見方を通して、「この絵は素敵だな」「この女の子は好きだな」というシンプルに、自分の感覚に素直になって作品を見る気持ちを思い出させてくれたように思います。

shoujo-hoshino_repo(16).jpg左の太田喜二郎《花摘み図》は、作者がベルギーに留学していた時に下宿先の女性をモデルに描いた作品。
印象派の流れを汲む、明るい陽射しを点描で表した表現が印象的です。
星野さんは元々近代洋画からコレクションをはじめられたそうで、
本展でも洋画作品、特に日本人画家が留学時に描いた作品が充実しています。
憧れのヨーロッパの地で絵を学んだ若い画家たちのエネルギーが伝わってきます。

「この子はどんな気持ちなのだろう」「どうして苦しそうなのだろう」「この目の描き方が好き」「服がお洒落」...自分が絵を楽しむ、好きになるポイントはそんなところからでも大丈夫。アートの見方の原点を改めて問うてくれる展覧会でした。

開催は9/10まで。夏休み期間の展示ということもあり、大人から子供まで気軽に美術を見る気持ちを楽しんでほしいと、会期中には好きな作品に投票できる人気投票コーナーや、クイズ企画も行われています。この機会に「絵を見る楽しさ」を、体験してみてはいかがでしょうか。


「少女たち―夢と希望、そのはざまで 星野画廊コレクションより」(京都文化博物館)

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