【レポ】トラ時々ネコ 干支セトラ(福田美術館)
2022年の干支はトラ(寅)。これになぞらえ、嵐山の福田美術館では「トラ時々ネコ 干支セトラ」展が開催されています。
トラは古くから美術のモチーフとなってきた動物であり、特に中国では古代から好んで題材とされていました。後に日本にも伝わり、日本でも多く虎を題材にした絵が描かれました。しかし、中国や朝鮮などと異なり、日本には元々トラは生息していません。それでも日本の絵師たちはトラを描こうと試行錯誤し、結果さまざまな個性豊かな「トラ」が生まれることになったのです。
この展覧会では、そんな日本で描かれた「トラ」と、それに深いかかわりを持つ「ネコ」、そして干支をモチーフにした作品を集めて展示されています。
その展示の様子をご紹介します。
※この記事は、1月末に開催された内覧会の取材内容を基に作成しています。
トラ?ネコ?ネコトラ?
動物から見える、絵師たちの試行錯誤と人々のイメージ。
一階ではトラとネコを描いた作品が展示されており、特に手前に江戸時代・後方に近代の作品が配置されています。各時代の絵師たちの表現の変遷を見比べて楽しめる構成になっています。
明治時代に動物園ができるまでは、日本人は大陸からもたらされた絵や工芸品、毛皮などをでしかトラを知ることができませんでした。それでもなんとかしてリアルなトラを描きたい!と考えた昔の絵師たちは、身近にいる動物の中で一番トラに近そうな、ネコを参考にしたのです。
しかし実際のところ、トラとネコでは生態も違えば骨格なども違います。結果、トラのようなネコのような不思議な生き物が描かれることになりました。福田美術館では今回、そんな「ネコのようなトラ」を「ネコトラ」と呼んで紹介しています。
こちらは江戸時代の絵師が描いた虎図。右端が円山応挙、真ん中が応挙の弟子・長沢芦雪、左端も芦雪の弟子・長沢芦州の作品です
応挙は「写生」を重んじ、本物を観察した上で描くことを信条としていましたが、トラはそうもいかず彼もネコを参考にしたようです。応挙が描いたトラは、肩甲骨の部分が山形に盛り上がり、前足の関節がありません。それがかえってぬいぐるみのような可愛らしいルックスになっています。まさに「ネコトラ」。芦雪や芦州も応挙のスタイルを受け継いでか、似たような雰囲気がありますね。
また、トラはネコのように明るいところで瞳孔が細くなったりはしないので、絵に描かれたような表情にはならないそうです。縞模様の位置も色々ですが、これも詳細がわからないので絵師たちが想像で模様を描いたため。その分、各絵師の個性が色濃く現れています。
こちらの屏風は岸駒の作品。どうしても本物に基づいたトラを描きたいと考えた彼は、中国から毛皮はもちろん頭蓋骨や剥製まで取り寄せて資料にしたのだとか。そのためか、描かれたトラは他の同時代の絵師の作品に比べると、トラ感が増して見えるような気がします。
こちら、右が曽我蕭白の描いたトラです。目がクリッと丸く、口元は口角が上がっていて「ニヤリ」と笑っているように見えます。なんだか人間かデフォルメされたキャラクターのようですね。左は長沢芦雪の描いたネコ。仔犬たちの子守をしているのでしょうか。1階はトラの絵とネコの絵が一緒に展示されているので、どこが似ているのかを探しながら楽しむこともできます。
明治になると動物園ができ、画家たちは本物のトラを見ることができるようになったことで本物そっくりなリアルなトラを描くようになり、「ネコトラ」は一気に姿を消していきます。
今回近代の代表として作品が展示されているのが、当時トラの名手として知られた大橋兄弟です。
屏風は兄・万峰の作品。体つきからしてそれまでの「ネコトラ」とは全く違う、本物のトラを見て描いたことが伝わってきます。また、それまでの日本画のように毛を一本一本細筆で描かず、塊のように描くことでモコモコとした独特の質感が表現されています。
弟・翠石は兄にも増して迫力あるトラの絵を数多く描いたことで当時から知られたそうです。印象深かったのはトラの母子を描いた作品。猛獣らしい力強さもありながら、母トラに首元をくわえられてだらんと脱力した子トラの姿は、リアルさとともにかわいらしさ、画家の暖かい眼差しも感じます。
ちなみに、ネコの絵にも時代の特徴が見られるそうで、明治になると和猫に混じってペルシャやシャムといった洋猫を描いた絵が増え、近代化を感じさせます。橋本関雪の描いた白いペルシャ猫は、長くてフワフワの毛の風合いと高貴そうな猫の表情がよくマッチしていますね。
意外と「ネコ科」くくりでまとまった数の作品を一度に見る機会は少ないので、新鮮な気持ちで楽しめる展示でした。
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二階ではネズミからイノシシまで、干支の動物を描いた作品が反時計回りに展示されています。時系列ではなく干支の順に並んでいるので、応挙や岸竹堂といった江戸時代の絵師の作品と、明治・大正時代の近代の画家の作品が混ざって展示されているところがユニークです。
なお、干支を描いた作品は数あれど、描かれた動物にはかなり偏りがあったため、全て揃えるのにはとても苦労したそうです。
そのひとつが蛇。蛇そのものを主役に描いた作品はほとんどなく、所蔵品のなかからようやく見つけたのが、展示されている対象~昭和初期の画家・石崎光遥の作品だったそうです。
また、猪の作品も少なかったそうで、今回はトラの絵でも登場した大橋翠石の作品が展示されています。
動物の絵からは、描かれた当時の人たちがその動物をどのように見ていたのか、身近に感じるのはどのようなときだったかを知ることができます。こちらは原田西湖の作品。モチーフとしたのは畑を耕したり荷物を運ぶのを手伝う農耕馬の姿です。
併せて展示されている他の作家の作品にも、戦場を駆ける馬ではなく農村に暮らす馬が描かれています。
羊の絵として、今回は長谷川等伯の絵が展示されています。仙人が岩を杖で突いて羊に変えてしまったという中国の故事を絵にしたもの。
中国では山岳部でヤギや羊は古くから飼われており、割と馴染みのある生き物だったようですが、日本では「異国の物語に登場する動物」のイメージの方が強かったのでしょうか。
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動物の絵は色々見る機会がありますが、切り口を変えることで今まで知らなかったこと、見えなかった特徴が見えてくる、テーマ展の面白さを改めて感じさせる展覧会でした。
ちなみに会期中には展示されるトラの絵から選抜した6作品での人気投票企画も開催されています。お気に入りの作品を見つけて、一票入れてみては?
■ トラ時々ネコ 干支セトラ(福田美術館)~2022/4/10まで