【レポ】歌と物語の絵-雅やかなやまと絵の世界(泉屋博古館)
泉屋博古館の2023年度夏の企画展は「やまと絵」!
「やまと絵」とは、平安時代に成立した日本独自の絵画のこと。元々社寺や宮廷の貴族たちに向けて描かれていたこともあり、優美で繊細というイメージがあります。しかし、時代を経てより幅広い層にも広まり、その時その時の流行や美意識を取り込みながら発展していきました。テーマも幅広く、四季の移ろいや年中行事、歴史的事件、そして和歌、物語など、さまざまなものが描かれました。なかでも和歌や物語はやまと絵の成立間もないころから題材とされ、時代を超えて人々に親しまれてきたテーマです。
今回の展覧会では、江戸時代から続く住友家の歴代が収集していたやまと絵のコレクションから、桃山〜江戸前期(17世紀)に制作された、和歌や物語の世界を描いた作品が登場。この記事では、その展示の様子や見どころをご紹介します。
※内容は、2023年6月の取材内容に基づきます。
雅で繊細、時にユーモラス。絵で「読む」和歌と物語の世界。
展示は2部構成となっており、第1部では和歌をテーマにした「歌絵」、第2部では物語をテーマにした「物語絵」を中心に取り上げています。
今回は絵巻物や屏風絵など横幅をとる大作が多いため、スペースの関係で展示作品の数は抑えられているとのこと。その分、各作品の細部の表現や、スケール感をじっくり堪能できるようになっています。
第1部:うたうたう絵
冒頭では、優れた歌人の姿を描いた「歌仙絵」を紹介しています。
展示されている《三十六歌仙書画帖》は、江戸時代の初期、書家・画家・茶人としてマルチに活躍した松花堂昭乗の作品。柿本人麻呂をはじめ、三十六歌仙に数えられる歌人たちの姿とその歌人の代表的な和歌が書かれています。笑顔だったり悩み顔だったりと、その表情はとても豊か。人間くさくて、何だか親しみがわいてきます。
※この作品は時期によってページ替があります
続く壁側には、「歌絵」の屏風が並びます。「歌絵」は和歌に詠まれた情景を題材にした絵。絵を見て歌を思い浮かべたり、歌から想起される様々なイメージを絵の中に探したりして楽しむものです。
その典型例が《柳橋柴舟図屏風》。右隻には川にかかる大きな橋と水車、左隻には蛇籠(護岸用に石を詰めた籠)と網代木(あじろぎ/浅瀬に打ち込む杭)と柴舟(野山の木々の枝を積んで運ぶ小舟)が描かれています。これらは京都・宇治を想起させるアイテム。
岸辺に設置された蛇籠を留めている杭が「網代木」。
例えば網代木は、和歌の中で「瀬々の網代木」など宇治を示すためのキーワード(歌枕)として登場します。そこから宇治のイメージを描いた絵だとわかります。また、柳の葉の描き方で画面右から左へ季節が移ろう様も表現されています。
和歌に詠まれたイメージを想起させるモチーフやアイテムを、どのように構成するか、その視覚効果が絵師の腕の見せ所。特に近世では、和歌の風情を如何に表すかもさることながら、絵の見せ方、面白さが重視されていたようです。
その構成や視覚効果の工夫を感じさせる作品が《扇面散・農村風俗図屏風》です。
右隻はさまざまな和歌や狂歌のイメージを描いた扇面が複数貼り混ぜるように配置されています。その絵は和歌に詠まれたイメージをそのまま描いたものもあれば、ちょっと洒落を効かせたものも。
画面上の扇面に描かれているのは鹿角に帆を張った船、という奇想天外な景色。
上の方に小舟らしきものが描かれた扇絵がありますが、よく見ると船が鹿の角になっています。これは和歌に出てくる「彼の津の舟」を「鹿の角舟」の同音異語にすり替えた、いわばダジャレ。和歌の知識を前提とした知的な言葉遊びです。当時は歌の意味の解説書が出回ったり、絵の意味や内容を当てたり解釈して楽しむ教養を活かした遊びが流行っていたそう。文学と人々の距離感や付き合い方も伝わってきます。
なお、左隻はのどかな農村の風景を描いた全く違う絵になっています。こちらももしかしたら何かの和歌を元にした可能性もありますが、詳細は不明とのこと。左右のコントラストも面白い作品です。
ちなみに、右隻にはこんなかわいい鶏の親子も描かれています。元気に走り回るひよこたちの声が聞こえてきそう。
第2部:ものかたる絵
続いて第2部では物語を題材にした物語絵を紹介。
物語=物を語るというように、元々物語はその名の通り口頭で「語り」、相手に聞かせて伝えるものでした。それもあり、本来物語絵は「絵を眺めながら音読を聞く」ことを前提とした「目と耳で楽しむメディア」だったそう。その後の紙芝居やアニメーションにも通じますね。
第2部の見所は、伊勢物語・源氏物語・平家物語の、日本を代表する三大古典文学を題材にした屏風のそろい踏み。壁にずらりと並んだ様子は圧巻です。
《源氏物語図屏風》は、源氏物語から有名な12の場面を選り抜きし並べて描いた作品。
源氏物語絵といえば平安時代末期に作られた国宝の源氏物語絵巻(徳川美術館)が有名ですが、そちらは登場人物は皆「引き目鉤鼻」の顔に統一され感情表現は抑えられています。
これに対し、今回展示の源氏物語図屏風は近世の作品であることもあってか、より表情豊か。ダイナミックな動き、活き活きとした人物描写が特徴となっています。その作風から、江戸初期に活躍した岩佐又兵衛の工房の作品と考えられているそうです。
例えば、「葵」の巻に出てくる、葵祭で六条御息所と葵上の車争いの場面。乱闘する従者たちの姿は躍動感・臨場感たっぷりで、まるで合戦図のようです。牛車には困り顔の六条御息所の姿までしっかりと描かれています。牛車の後ろの男性は興奮しすぎてか棒を齧ってしまっています。
こちらは光源氏が若紫の君(後の妻・紫の上)を見染める場面(「若紫」)ですが、籠から逃げて飛び去る雀を見つめる若紫を、向こう岸からこっそり光源氏と従者が覗き見ています。
このような、"殿方がのぞき見をする″場面が妙に多い(12の場面中4つ)点も、この源氏物語図屏風の特徴となっています。ちょっとドキドキする場面が、当時の人々には人気だったのでしょうか。
《伊勢物語図屏風》も、伊勢物語のエピソードからよく知られる場面を抜き出して描いた作品。《源氏物語図屏風》に比べると場面ごとの境界線があまりなく、シームレスに繋がっているように見えます。こちらは琳派の祖・俵屋宗達の工房作と考えられているそうです。
「高安の女」は、かつて想っていた女性を男(在原業平)が訪ねたところ、年月が経ちすっかり所帯じみた姿に幻滅してしまう場面。女性は茶碗に豪快に山盛りのご飯をよそっていて、生活感たっぷり。今では剥落してしまっていますが、かつてはお米のこんもり感を出すために絵具を盛っていたらしい痕跡も見えます。このような庶民的な描写は市井で活動した絵師である宗達の工房らしい表現だそうです。
「梓弓」は女性のもとから慌てて牛車で男が去ろうとする場面。走る従者の烏帽子が飛びそうになっていたり、車を引く牛がつんのめっていたり、慌てている様子や疾走感が伝わってきます。追いかけるも置いて行かれた女性は指先ににじんだ血で岩に歌を書きつけるのですが、ちゃんと指先は血の赤色で染められています。細部まで手を抜かない描写に驚かされます。
《大原御幸図屏風》はあえて平家物語のラスト「大原御幸」の場面だけ屏風一隻に描いた珍しい作品。左隻には詞書が添えられていて、絵巻の一場面を抜き出して大きく拡大したようなスタイルになっています。(ちなみに詞書はもう一人の琳派の祖・本阿弥光悦が書いたものといわれているそう)
「大原御幸」は平家滅亡の後、生き残った平清盛の娘・建礼門院徳子が隠棲している京都・大原の寺、寂光院に、平家滅亡の黒幕の一人ともいえる因縁の相手、後白河法皇が訪ねてくるというエピソードです。
画面の中心には、華やかな衣装の公達を引き連れた白い袈裟姿の後白河法皇が粗末な庵を訪ねています。その上には法皇の訪問を知らず、山に仏前へお供えする花を摘みに行っている建礼門院が。たくさんの人物が描かれている後白河法皇側と、緑の山の中に侍女と二人だけの建礼門院、その対比が印象的です。
"因縁の再会"の場面そのものではなくその直前、という物語がクライマックスに向け盛り上がる瞬間をあえて選んでいる点に、絵師のセンスが光ります。また、周囲に描かれた大原ののどかで穏やかな農村風景も、劇的な場面とのコントラストになっています。
もう一つ、ぜひ見ておきたい作品が《是害坊絵巻》。今昔物語集に出てくる鳥人間=烏天狗のお話を描いたもので、中国から日本にやってきた是害坊という天狗が、自分の力に奢って比叡山の僧に法力を競おうと喧嘩を売るもこてんぱんにやられてしまい、これを日本の天狗たちが介抱したというストーリーです。
キャラクターはそれぞれ細かく描き分けがされています。これは仏教における修行の進み具合を示しているそうです。例えば、長老格は衣服をまとって高下駄を履いた高僧に近い姿で、ほぼ人間に化けられるほどに修業が済んでいることを示します。ふんどし一丁の者はまだ修行中、足が鳥のままだったり手が翼のような者は修行を始めたばかりの若者なのだそう。
また、逐一キャラクターの周りに台詞が書かれ、コミカルな内容も相まってまるでマンガのようです。なんと、これが描かれたのは14世紀・南北朝時代で今回の展示品でも特に古い作品です。時代を超えたユーモア精神が伝わってきます。
この他にも、絢爛豪華な装飾が施された《竹取物語絵巻》(かぐや姫)や、源氏物語を題材にした別の作品なども展示されています。同じ物語を描いていても、手掛けた絵師や描かれた時代によって表現が異なったり、注目する部分が違う点も見どころ。見比べて楽しむのもおすすめです。
また、今回は《源氏物語図屛風》など3点の作品については文化財用の高精細スキャナーで撮影した拡大画像の映像展示も用意されています。
絵巻は手元で、屏風は座敷で、と近くで眺めることを前提として作られたやまと絵は、表情や衣服の模様まで細密に描かれています。ガラス越しだとどうしても見えにくい細かな部分は、ぜひ拡大画像で確認してみてください。
もちろん、ルーペや単眼鏡がお手元にある方はぜひご持参を!やまと絵の描写がよりじっくり味わえますよ。
ちょっと敷居が高く感じる和歌や古典文学の世界。文章だけでは想像が難しい内容でも、絵を見れば「この場面の雰囲気はこんな感じだったのか」「この人物はこんな気持ちだったのか」と想像しやすくなります。細部まで丁寧に描かれた美しいやまと絵を通して、宮廷の雅な世界にうっとりしたり、名所の情景に思いを馳せたり、登場人物の行動に一喜一憂したり...昔の人々も歌絵・物語絵をそのように楽しんでいたことでしょう。絵を通じてその感覚を追体験できる、同時にやまと絵がぐっと身近なものになった展覧会でした。
開催は7/17まで。