【レポ】和田誠展(美術館「えき」KYOTO)
その「しごと」は「好き」と「人生」そのものでした。
イラストレーター、デザイナー、映画監督、エッセイストとしてマルチに活躍し、2019年に83歳で亡くなった和田誠さん。その仕事を作品を通して振り返る回顧展が美術館「えき」KYOTOで開催されています。
和田誠さんの名前を知らない人でも、雑誌の表紙、有名作家の本の挿絵、絵本、広告など、どこかで一度はその作品を目にしたことがあるはず。今では当たり前に使っている「イラストレーション」という言葉が世に広まったのも、和田誠さんからだったと言われているそうです。その魅力をぎゅっと凝縮した展覧会の、展示の様子と見どころをご紹介します。
会場に収まり切らない和田誠ワールド!
まず驚くのが、展覧会が廊下から始まっていること!この展覧会は巡回展(京都で5会場目)で、とにかく展示作品が膨大。できるだけぎゅうぎゅうに詰め込んでも展示室内に収まり切らなかったそうです。
初日内覧会に来場された妻・平野レミさんのお話によると、和田さんの没後に母校の多摩美術大学へ残された作品や資料を寄贈した際、その総数は2トントラック10台分にもなったそう。これでも展示作品は和田誠さんの全仕事のほんの一部なんです!
廊下に展示されているのは、和田さんが数多く手掛けた有名人の似顔絵。日本のタレントや作家などから、海外の映画俳優やポップスター、ジャズミュージシャンまで、さまざまな人の顔が並びます。
展示室に入ると、四方の壁とケースにも作品がぎっしり。柱は1面=約1年と見立て、その時の和田さんの活動や主な作品を紹介している「立体年表」です。空間で和田さんの人生を振り返ることができる構成になっています。色合も和田さんの手掛けた仕事で使われた色が用いられ、和田さんらしさを演出。
今回の展示品で一番古いものは4歳の時の作品。まだ世に出る前の少年時代の絵なども見ることができます。学校の先生のキャラクターをシンプルな線でしっかり捉えた似顔絵やマンガ、映画の感想を手に寧に書き記したノートなど...既に和田さんの画風やセンスが感じられるものばかりです。
イラストレーション、デザイン、絵本、映画、文章、音楽―全部、和田誠。
今回の展覧会は、和田さんの作品を時期や内容から30のトピックに分け、コーナーごとに纏める形で展示されています。それぞれを見ていくことで、和田さんがどんな活動をしてきたのか、その活動の幅広さを実感できます。
和田さんに詳しくなくても「これ、和田誠さんの作品だったのか!」と思うような見覚えのある作品も見つかるはず。
例えばたばこ「ハイライト」のパッケージ。これは和田さんが広告会社(ライトパブリシティ)に勤めていた頃の代表作です。白地に青のシンプルなパッケージは見たことがある方も多いのでは?この色配置は、後に新幹線のデザインの参考にもされたそうです。
なお、レミさんいわく、和田さん自身は上の黒地に銀インクでロゴを配したデザインの方がお気に入りだったとか。
他のアーティストとの繋がりを感じさせる展示品もあります。こちらは和田さんが主要メンバーとして発行していた雑誌『話の特集』。創刊号の表紙は日本を代表するグラフィックアーティストのひとり・横尾忠則さんが手掛けています。この表紙を手掛けた頃、横尾さんはまだ一般的には無名でした。そんな彼を採用したのが他ならぬ和田さん。横尾さんの作品はその個性の強さから、デザイン界の中には否定的な反応をする人もいたようですが、和田さんは「横尾君は最高だよ」と高く評価していたそうです。その後の横尾さんの活躍を思えば、和田さんの目は確かだったのです。
こちらは表具師の麻殖生素子さんと二人展「マザーグース軸装展」(2000年)を開催した際の出品作品。和田さんはマザーグースの詩に長年親しみ、詩人・谷川俊太郎さんが訳したマザーグースの本の挿絵を担当したり、また自分で訳詩をした本も出版しています(軸の右のイラストレーションがマザーグースの絵本用のもの)
掛軸は和紙に筆で墨書きしており、タッチが味わい深い一品。音符があしらわれていたり遊び心のある表具との馴染み具合も素敵です。
そして、和田さんの人生に欠かせない存在である「映画」。
映画が幼いころから大好きだった和田さんにとって、映画のポスターやイラストレーション制作はライフワークのひとつでした。壁いっぱいに張られた「新宿日活名画座」の宣伝ポスターは20代の和田さんが約9年間にわたり月2枚ずつ描いていたそう。しかもなんと無償!
「映画が大好きだから無料で描いて、自分でお金を払って映画を観に行っていたの。和田さんは神様みたいな人だった」とレミさん。好きなものに対する和田さんの想いと人柄が伝わってくるエピソードです。
そして観るだけではなく自らメガホンを撮って制作したのが、映画「麻雀放浪記」や「快盗ルビイ」です。こちらのポスターや脚本、絵コンテなどの関連資料も展示されているほか、一部場面の映像を会場内で見ることができます。
他にも、詩人・谷川俊太郎と制作した絵本、村上春樹や井上ひさしなど有名作家の本の装丁や挿絵、製薬会社のシリーズ広告のイラストレーション...近年では阿川佐和子や三谷幸喜のエッセイ本の表紙や挿絵も。
イラストレーションから商業デザイン、映画のポスター、絵本、本の装丁、ロゴデザイン、アニメーションや映画といった映像作品、映画の評論やエッセイ、そして音楽の作詞作曲まで!
一人の人間の中にこれだけの表現の引き出しがあったことに、圧倒されます。
『週刊文春』表紙の「壁」!
そして和田さんの仕事を語る上で欠かせないのが、『週刊文春』の表紙イラストレーション。和田さんが2000号に渡って手掛けた作品のうち約560点が、壁1面をぎっしり覆うように並んでいます。まさに圧巻の一言。
表紙を見ていると、日本や世界の風景、小物や民芸品、野菜や果物、料理など、大変バラエティ豊か。京都のモチーフを描いた作品もあるので、探しながら見るのもおすすめです。
レミさんのお話では、野菜や果物は自宅の台所にあったものをモデルにしたこともあったそう。例えば、この芽が出てしまった玉ねぎの絵。レミさんが後で捨てようと台所に置いておいたところ、和田さんが「ちょっと借りるね」と持ちだして描いたものなのだそうです。「それを捨てればいいのにわざわざちゃんと同じところに戻してたのよ(笑)」とレミさん。
また、一点だけレミさんが登場している(シルエットですが)作品も。こちらは和田さんと共に旅行した時の写真がモデルになっているそう。『週刊文春』の表紙は、和田さんの日常も垣間見られる「窓」のようなものだったのかもしれません。
家族への愛情も、仕事に込めて。
レミさんいわく、和田さんは「仕事が好きで好きでそればっかり、でも家で仕事の話は一切しなかった」といいます。しかし、レミさんや家族のために作品を作ることもありました。
それがこちらの、レミさんがテレビ出演時に身に着けていたセーターや眼鏡。ユーモラスな柄のセーターは見ていて思わず笑みがこぼれます。
そして隣に展示されている楽譜は、レミさんと結婚する前、レミさんをイメージして作られたと思われる歌。和田さんの没後にレミさんが発見されたそうです。口数があまり多くなかったという和田さんは、自分の作り出したものに家族への深い愛情を込めていた。その一端を感じられる展示です。
レミさんは和田さんを「好きなことと仕事が一致していた、幸せな人生だったと思いますよ」と仰っていました。和田さんの仕事は、まさに人生そのもの。多彩な作品は全て和田さんの一部です。その人生の一端を、展覧会の空間を通じて感じられたように思います。
大人から子供まで、誰でも楽しめる、幸せな気持ちになれる展覧会です。京都展は少し会期が短めの設定なので、足を運ぶ際は是非お早めに。開催は6/18まで。