【ミュージアム紀行】ZENBI -鍵善良房-KAGIZEN ART MUSEUM|アートと人の近いまち・祇園を感じるミュージアム
写真提供:ZENBI/撮影:伊藤 信 氏
京都を代表する繁華街・祇園。
老舗の茶屋や料理屋、商店が数多く立ち並び、芸舞妓が行き交うこの街は、古くから京都の町人や文化人、芸術家に愛されてきた場所。ここでの人々の交流は、新たな文化や美術、京都の美意識を生み出す源泉のひとつになっています
そんな祇園の一角に、2021年、新しいミュージアムが生まれました。
ZENBI -鍵善良房-KAGIZEN ART MUSEUM。
祇園に江戸時代から数百年続く老舗和菓子店・鍵善良房が運営する美術館です。
昔からアートと人が交流してきたまちに新たに生まれたアートスポットの様子を、今回ご紹介します。
※この記事は取材時(2021年9月)の取材内容に基づきます。時期により展示やショップの取扱品等の内容が異なりますのでご注意ください。
※取材時に開催の展覧会についてはこちら → 開館記念特別展「山口晃-ちこちこ小間ごと-」
※写真は許可を得て取材時に撮影させて頂いたものです。
「ZENBI」があるのは、祇園の中心部である四条通から少し南に下がった閑静なエリア。京町家が立ち並ぶ路地を少し奥に入ったところです。
ミュージアムに向かうまでの道のりも、祇園らしい風情が感じられ、気分を盛り上げてくれます。
ミュージアムの建物は京町家の意匠を生かした外観で、周囲の風景にも溶け込んでいます。
美術館を運営する鍵善良房は、江戸中期に創業した老舗和菓子店。当初は縄手四条上るに店を構え、明治になってから現在の四条通沿いに場所を移しました。昔から祇園に通う旦那衆や多くの文人墨客に愛され、特に「くずきり」といえば京都人がまず最初に名を挙げる、今も多くの人に親しまれる名店です。
そんな鍵善良房の歴代当主の中でも特に文化芸術活動に熱心だったのが、昭和初期、十二代当主であった今西善造氏。彼は文化芸術に深い関心を持ち、多くの当時の文化人や芸術家と交流を深めていました。現在、鍵善良房に伝わる美術品の多くは、彼の縁から集まったものだそうです。
なかでも善造氏が懇意にしていたのが、近代日本を代表する木漆工芸家・黒田辰秋でした。ともに祇園の生まれであり年代も近かった二人は意気投合。黒田の才能に惚れ込んだ善造氏は店舗の内装や調度品の多くを黒田に依頼したため、鍵善には大変充実した黒田辰秋コレクションが形成されることになりました。また、河井寬次郎など黒田が参加していた民藝運動の作家たちとも縁が生まれ、現在も彼らの作品は多数鍵善に残されています。善造の没後、代が替わっても鍵善と芸術家たちとの縁は続き、戦争直後の大変な時期も彼らとの縁は店の支えとなったそうです。
その後も鍵善はアートに関する支援活動として、以前には若手アーティスト向けの貸ギャラリーとしてアートスペースも営んでいました。
それを当代の今西善也さんが美術館として整備・リニューアルされたのが「ZENBI」です。
ZENBIでは、数か月ごとに企画展が開催され、その都度展示品は入れ替わります。
取材時は現代を代表する画家のひとり・山口晃さんの展覧会「山口晃-ちこちこ小間ごと-」が開催中。
山口さんは今西さんが以前からファンだったそうで、2013年に「お茶とお菓子のある風景」をテーマに店のお持ち帰り用手提げ袋の原画制作を依頼。その縁で今回、美術館の開館記念特別展として今回の展覧会を開催することになったそうです。
山口晃《好きなカフエーのおじいさん》2013年 全期間展示 ©Yamaguchi Akira, Courtesy of Mizuma Art Gallery
この作品が鍵善の手提げ袋用に山口さんが描き下ろした原画《好きなカフエーのおじいさん》。ほのぼのとした情景に思わず笑顔になる作品です。
1階の展示室では、鍵善のコレクションの中心である黒田辰秋の作品を取り入れた山口晃さんのインスタレーションが展開されています。
こちらはわざとガラスケースをずらすことでプリズム効果を出したもの。展示作業中に偶然見つけた効果を活かされたそうです。
こちらは《好きなカフエーのおじいさん》を使用した鍵善良房の紙袋をベースにした作品。背景加筆と紙袋の立体感を活かし、原画の世界観が広がる作品となっています。同じケース内に置かれた黒田辰秋の作品とは、赤と白のコントラストのほか、視線をあわせることでまるで原画のおじいさんと同じ空間にいるかのような奥行きも味わえます。
こちらは鍵善に伝わる「くづきり」の扁額(河井寬次郎作)からインスピレーションを受けて山口さんが制作した作品。片方にガラスケースが重ねられていて、まるであわせ鏡のようになっています。よく見ると何かが見えてくるような...?
他にも色紙を敷いて作品を置いてみたり、不思議な位置に作品を展示してみたりと、会場の随所に山口さんの遊び心が感じられる仕掛けが施されています。肩ひじ張らず作品を楽しんでほしい、という思いが感じられる展示構成です。
1階には路地の様子が眺められる中庭(磚庭/せんてい)もあります。ちょっとした休憩にもぴったりです。
2階は2部屋の展示室があります。取材時は展示室2で山口晃さんが手掛けた新聞小説『親鸞』(五木寛之著/2008~2014年連載)の挿画を中心に展示されていました。
挿画は作品数が膨大なため、一部山口さんが選んだ通期展示作品を除いて、時期によって入れ替えて展示されています。これだけの点数で『親鸞』の挿画を見ることができる機会は今回が初めてとのこと。
しかも新聞に毎日連載のため連載回数は膨大。総数は1,052作に上ります。そのうち、今回の展覧会では500点以上が公開されています。
最初の頃は絵のサイズが定まっていないなど、山口さんの試行錯誤の跡が感じられます。それでいて、マンガ風になったり現代の道具が登場したりと山口さんらしいユーモアや遊び心を忘れない茶目っ気もたっぷり。表現の幅広さにも驚かされます。
原画ならではの鮮やかな色合いを楽しめる点も見どころです。
山口晃《五木寛之 新聞連載小説『親鸞-完結編-』挿画》2013年 全期間展示 ©Yamaguchi Akira, Courtesy of Mizuma Art Gallery
絵を見ていると、主役の親鸞の姿がほとんどありません。描かれていることもあるのですが、その場合は顔がぼかされていたり後ろ向きだったりと親鸞の表情はわからないようになっています。小説そのものから読者が膨らませるイメージが損なわれないように工夫されています。
展示室3では、京都にまつわる書籍・雑誌の挿画や、他の小説の挿画なども展示されています。
京都の街角を題材にしたシリーズ作品は、現代の風景と昔の和装姿の人が巧みに入り混じる、まさに山口晃ワールド。見覚えのある場所を探しながら見るのも楽しみです。
展示のなかには時折何もない壁にライトがあたっていたり、何も絵が入っていない額縁が飾られていたり、絵といっしょにオブジェや小道具が展示されているところも。この展示も山口さん自らが手掛けたもの。1階と同じく2階も展示室のあちこちに見どころがあり、シンプルに作品を展示するだけではなく、見ていて楽しくなる展覧会になっていました。
2階には図書室があります。一緒に置かれている本は展覧会に合わせて関連するものを選んでいるそうで、自由に読むことができます。展示を見終わったら、椅子に座って本を読み、ふとしたところで窓の向こうの街並みを眺める...祇園のまちの呼吸が感じられそうです。
今西さんは、ZENBIのオープンにあたって、鍵善の歴史の一部である美術品コレクションを一般に広く公開できる場所と同時に、「祇園という街の文化を感じられる場所」をコンセプトとされたそうです。
「祇園は京都を代表する一大観光地として知られますが、それだけではありません。ここを、昔から文化芸術が日常の中にある祇園の美意識を未来に伝えていく場にしたい」と取材の際にお話しいただきました。
古くから多くの芸術家・文化人たちが愛し交流が生まれたまち・祇園。鍵善に伝わるコレクションは、まさに祇園というまちで生まれた店と芸術家の縁の証です。それに喧噪から少し離れた祇園の昔ながらの街並みが残る場所で触れられる、祇園のいわば素顔を感じられる場所。祇園を歩く途中で馴染みの店にふらりと立ち寄るような、ZENBIはそんなミュージアムでした。
ZENBIの隣には、ミュージアムショップ「Zplus」があります。こちらでは主に京都で活動されている作家や老舗にオーダーして作られたお誂えの商品や、限定の和菓子、開催中の展覧会の関連商品などが販売されています。
こちらは鍵善良房の定番商品である干菓子「菊寿糖」を一回り小さいサイズにした「小菊」。こちらのショップの限定品です。
取材時には、山口晃さんの過去の展覧会で販売されたグッズや今回の展示品に関するグッズが販売されていました。
『親鸞』挿画にも登場する「ためいきちゃん」をはじめ、山口さんのデザインをもとに製作した限定の上生菓子も(土曜日のみ数量限定で販売)全て職人さんの手作りなので、ひとつひとつ表情が異なります。
ちなみに和菓子のデザインは山口さんにとっても初挑戦だったとのこと。一緒に展示されている貴重なデザインスケッチも見どころです。
今後はコレクションの中心である黒田辰秋作品の展示を柱にしつつ、工芸・絵画を中心にさまざまな展覧会を行っていく予定とのこと。
祇園という場所を活かして、どのような展示や企画が展開されるか、今後の活動も楽しみです!
■ ZENBI -鍵善良房- KAGIZEN ART MUSEUM- についてはこちら
■ 開館記念特別展「山口晃 -ちこちこ小間ごと-」 についてはこちら(~11/7まで)
※2021/11/20からは鍵善に残る多数の木型とともに岡山の菓子木型彫刻 京屋所蔵の貴重な資料を紹介する「美しいお菓子の木型 ―手のひらの宇宙」展を開催予定です。