さまざまなものが空を飛び交うシャガールの絵を見るたびに、自分の足元までふわふわと覚束なくなるような、不思議な浮遊感を感じていました。
「愛の物語」と銘打ち、100点ものシャガール作品を集めた今回の展覧会では、ロシア時代の初期の作品から、幸福な結婚、死別の悲しみを経て追憶・幻想の世界へと変遷していったシャガールのたくさんの作品を年代別に追うことができました。
シャガールの作品は知っていても、シャガールという人については何も知らなかったということを知り、激動の時代のヨーロッパをユダヤ人として生きた彼の人生をたどることができました。
初期の作品は濃い色調で力強く描かれ、地についたものでした。
何かが空を飛び交うような作品は見当たりませんでした。
パリに留学し、キュビズムの影響を受けた時期に制作された作品あたりから、シャガール特有の不思議な世界があらわれてくるように感じました。
展示ポスターにも使われている「街の上で」を見ていると、その結婚生活が天に上るくらい、舞い上がるほどに幸せなものであっただろうことが容易に想像できます。
最愛の妻を病で失った深い悲しみ、尽きない愛は作品に投影されていくかのようでした。
美しい青色、丸みを帯びたやわらかなライン、幻想的な世界観。
それが芸術的にどれほど優れていたとしても、そういった作品を順に追っていくうちに、他人の見る夢に入り込んだような居心地の悪さを感じました。
現実にとらわれることなく、自分の思うがままの世界を描き出すシャガール作品を見ていくうちに、常識人の私はなんだか不安になっていきました。
他人の夢がどんなに美しくても、それを理解することはできないだろうと思うのです。
数点のシャガール作品に触れるだけでは、そんなふうに感じることはなかったと思います。
「愛の画家」シャガールだけを集めた展覧会であればこその感想だろうな~と思いながら、会場をあとにしました。
文:虹色