遅ればせながら、
2014年10月7日~11月24日まで、
京都国立博物館の明治古都館で催された「国宝鳥獣戯画と高山寺」展
の感想である。
私はいわゆる美術オンチで美術館へほとんど行かない。
好きも嫌いも通り越して、興味が無いのである。
どんなに素晴らしい美術品の数々を見ても、よく分からないのだ。
絵だったら「上手に書いてあるなあ」
抽象的な絵だったら「よく分からんなあ」と首をかしげて終わり。
それ以上のことは特に感じないし、分からないのである。
私には「感性」というものが無いのであろう。
それはつまり人間として豊かでないということで、こんなことを恥ずかしげもなく、このホームページに書いて、お恥ずかしい限りである。
こんな書き方をして、読まれた人の中で気分を害された方がいたら、本当に申し訳ないと謝るしかない。
だからこの鳥獣戯画に関する専門的なことは、美術が好きな方や、造詣が深い方々にお任せする。
私はそういったことは何も分からないから、書きようがない。
ただ恥ずかしながら、今回久し振りに美術館へ行き、この展覧会を観た、美術ド素人の私の一番印象に残ったことは
「みんな笑っている」ということだ。
この鳥獣戯画に描かれた、ウサギやカエルやサルなどの動物たちは、みんな楽しそうに笑っている。
相撲をとったり、川へ飛び込んで水遊びしたり、どの絵もどの絵もみんな本当に楽しそうだ。
あんまり楽しそうだから、思わずこちらの頬もゆるんでしまった。
「ああ、みんな楽しそうだな、みんな笑っている。いいなあ、良かったなあ」と
何故だかじんわり涙まで出てきたではないか。
この絵に描かれた動物たちが、みんな、全身に怒りをたぎらせて怒髪天を衝くような状態だったり、どんより落ち込んで泣いていたり、仲違いして喧嘩しているような姿ばかりだったら、果たして今日まで残っただろうか?
みんな笑っているから、残った。
きっとそうだ。
この「鳥獣戯画」を見て、私のようにほんわか楽しい気分になり、あるいは何らかの感情を揺さぶられて、これは後世の人に残さなくては、と思って実際に行動に移した人が、これまで幾人も幾人も、延々800年以上に渡って存在した。
だから残ったのである。
「そんなもの、何の根拠にもならない、このド素人が何をわけのわからないことを言ってるんだ」と言われたら、その通りで、返す言葉は無い。
誰が描いたのか分からないし、有名な人が描いたものではないのかもしれないけれど、
みんな笑っている。
みんな楽しそうだ。
いいなあ。
仲良きことは美しきかな、
後世に残さなければと、代々大切に受け継がれて800年って、素敵じゃないか、と……。
美術館へすらほとんど行ったことがなく、感性を持ち合わせていない、ド素人の感想である。
どうか笑っていただいて、お許しを。
20年ほど前から数年間ライターをしていました。その後いろいろありまして、10数年、ほとんど何もしないような感じで無駄に馬齢だけを重ねてきました。一応京都で生まれ育ち今も住んでいるのですが、アートはもちろん京都のいろいろなことに全く興味すらもたないままここまで来ました。やっと最近になってほんのわずかですが、ちょっと見に行ってみようか、知ろうとしてみようかという気持ちがわいてきたところです。これを機に遅ればせながら少しづつでも勉強していきたいと思っています。どうかよろしくお願いします。好きなことは高校野球を見ることです。器械体操、フィギュアスケートを見ることも好きです。浜田省吾さんも好きで、毎度チケットを取るのに大変苦労しますが何年かに1度のコンサートへ行くのを楽しみにしています。