高橋由一を知らなくても彼の描いた「鮭」は誰でも一度は目にした覚えがあります。
美術の教科書にも社会の教科書にも載っていました。
では、何故この「鮭」が社会の教科書に載ることになったのでしょう。
今回の企画展では、最近の京都国立近代美術館の展示方法と同様、由一の作品を展示するだけでなく、多くの関連資料も展示され、“近代洋画の開拓者“という高橋由一を多角的に観る事が出来るようになっています。
《花魁》 重要文化財 1872年 東京藝術大学蔵
最初に目にする由一の作品は、重要文化財にもなっている代表作『花魁』です。
モデルは、吉原の稲本楼の売れっ子の花魁、“小稲”年は23、絵のモデルということで特別の内掛けを羽おり、鼈甲の簪をこれでもかとさして画家のモデルとなりました。
しかし出来上あがったこの肖像画をみて、小稲は泣いて怒ったらしい。売れっ子の花魁がこれじゃ~と気持ちは判る。
由一は、はなっから綺麗に描こうなんて思っていなかった、鼈甲の簪は透け感まで表され、着物の質感に懲りにこって描いています。
速水御舟が写実を追及する中で描いた舞子の絵を思い出します。
今回の企画展は、ジャンルごとに区切られています。
・ プロローグ
1. 油絵以前
2. 人物画・歴史画
3. 名所風景画
4. 静物画
5. 東北風景画
油彩以前の由一の作品を見ると、柔らかな筆でのびのびと描いています。水墨は描きやすかったに違いありません。
由一が洋画に目覚めるきっかけは、西洋の石版画に接し、日本や中国の絵とは全く異なる描写に衝撃を受けたからだそうです。
何がそれ程?陰影表現でしょうか、遠近表現でしょうか。
慶応2年(1866年)当時横浜に住んでいたイギリス人ワーグマンに師事し 本格的に油彩を学びます。
由一の経歴を見れば、明治維新後に丁髷を落とし「由一」を名乗ったのは、既に40を過ぎていました。
明治時代に入り、官職に就きますが、明治6年(1873年)には官職を辞し、美術学校「天絵舎」を創設し、ここから多くの弟子を輩出します。
西洋画をどのように学び、学ばせ、さらには、西洋画への理解を深めようと一生懸命です。
『習画帖』などの図画の教科書を作り、日本製の油絵具を苦心し、画塾では毎月展覧会を開き、はては『螺旋展画閣』と言う螺旋状に上っていきながら壁に掛けられた油画を観ていく美術館の構想までもっていたのです。
よって、洋画を見る眼も分析的になり、描く時もそのようにならざるを得なかったのでしょう。
由一は、当時から有名だったようで多くの肖像画を描いています。
肖像写真を撮る事が流行る中で、その写真を元に肖像画や風景画も描いていたようです。
当時のモノクロの写真よりは、色鮮やかな油画の方が長く残ると考えていました。記録としての油画です。
明治9年(1976年)には、工部美術学校教師として来日したイタリア人画家フォンタネージに師事しました。
風景画には、フォンタネージから学んだ影響が、空間の描写などに出ているそうです。
また、由一は北斎や広重の全盛期に少年時代を過ごしており、手前に大きく木を配置する構図には、その影響も伺えます。
庶民に馴染みのある名所を油絵で描いくことで油絵を身近なものとしようとしていたのでしょう。
由一といえば、やはり「静物画」ですね。日常の身近なものを触感、質感に拘って写し取っています。
「甲冑図」江戸の、武士の忘れ物の様な「甲冑」の静物画は、その一つ一つに拘りすぎて、全体の遠近法が崩れたのか、全体を見るとなーんかまとまりが無い感じがします。
《豆腐》 香川県・金刀比羅宮蔵
それまで絵の対象にはなりえなかった「豆腐」を、由一は、油絵具の粘着性と光沢をいかし、ざらざら、ぶよぶよ、ごつごつなど、豆腐と油揚げと焼き豆腐の質感の違いを描き分けています。ここにこんにゃくが一緒にあったら。。。と思ったりします。
《鮭》 重要文化財 1877年頃 東京藝術大学蔵
「鮭」教科書でおなじみの鮭は、こんなに大きな作品だったのですね。
以前見たことがあるはずなのに、今までのイメージとのギャップに驚きました。
由一は「鮭」を多く描いたようですが、今回は3匹も吊るされています。 それぞれ紙、麻布、板に描かれており、三様の趣があって面白いですね。
由一は、魚介も多く描いており、公式サイトの“さかなクン”のコメントが面白いので参照してみてください。
→ http://yuichi2012.jp/sakanakun.html
その後国粋主義の風潮が洋画を圧迫するようになり、明治17年(1884年)には、画塾も廃校となりました。
明治14年頃から東北の地に取材して新しく切り開かれていく土地の風景画や山形県令の要請で土木工事の記録画を描いています。
「宮城県庁門前図」は、人物が小さく描かれ、建物は整然として大きく見えます。記録を残そうとしたものでした。
4階のコレクションギャラリーでは、京の由一と言われる京都洋画界の先駆者「田村宗立」の企画展示もあります。
どっかで見覚えのある作品だ!と思ったところ”FOCUS”の表紙だった三尾公三の作品もありました。
また、秋ならではの「秋の名品」もお忘れなく。