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京遊×橋本関雪記念館 白沙村荘の庭から 第十一回

京遊×橋本関雪記念館 白沙村荘の庭から 第十一回 京都市左京区白沙村荘橋本関雪記念館

京都には大小さまざまなミュージアムがありますが、その中には現在も人が暮らしている家の一部をそのまま公開しているようなところもあります。そんなミュージアムのひとつが、日本画家・橋本関雪の建てた邸宅である白沙村荘 橋本関雪記念館。その副館長で関雪の曾孫である橋本眞次様に、普段はちょっと分からない、美術館での日々を徒然と綴っていただくコラムです。

橋本関雪の作庭家としての一面

 橋本関雪は画家としての活動は非常に知られているところではありますが、それ以外にも作庭家としての一面も持ち合わせています。彼の手がけた作庭による場所は国内に4箇所あります。


歌川広重「東海道五十三次 大津 走井茶屋」
 そのうちの一つ、走井居(ハシリイキョ)について少し話をしてみようかと思います。 走井居は京都から見ると、山科を越えて大津へと向かう1号線の途上にあります。丁度逢坂の関と呼ばれる関所の跡の手前、南側に位置した場所に関雪は別邸を営みました。

 走井居という名前は東海道がまだ栄えていた当時、その付近に走井という名泉が在りその名前から取ったものです。関雪がこの地を手に入れた折にはもう既に枯れていたという話ですから、現在ある「走井」と刻まれた井筒は本来の走井ではないという話になります。これには大きな誤解がありその原因を作ったのは広重の東海道五十三次、大津追分の部分に描かれた走井茶屋の店先の様子ではないでしょうか。これにより「あぁ、これが走井の様子か」という解釈となり、この井筒こそが走井である・・となったように思うのです。

 それでは本来の走井の姿はではどんな物であったか、少し私見を述べてみたいと思います。嘉永年間に描かれた名所絵図によれば、走井居のあるその場所は本来「走井庭園」と呼ばれていたと言います。その絵図では井筒らしきものは微塵もなく、ただ真ん中に大きな滝があり池に流れ出ているばかり。推測するに走井というのは、この滝の事ではないのか、山腹から滔々と走り出る涌泉ではないのかと思うのです。

 走井居の庭園は世阿弥の作と伝えられているダイナミックな石組みを用いた石庭で、その中央部には水神諸霊祭祀の祠があります。この奥に水路のような古い遺構があるのですが、こちらから水が滾々と湧き出ていたものが走井の本体でそれにちなんだ物がその近隣に多く作られたのではないかと思うのです。もしそうであるのならば、「走井の井筒」と言われるものが多く存在している事にも得心が行きますし。

 ちなみに走井居の中にある井筒は3代目で、初代は江戸年間に水生の某家へ。2代目は関雪が購入直前に南禅寺の某家へと渡ったようです。

この走井居は、現在隣接する関雪夫妻の菩提寺 瑞米山月心寺と混同されてしまい、月心寺と呼ばれるに至っていますが本来は走井居。

走井と刻まれた井筒

 中には明治天皇僥倖(ぎょうこう)の際の御休息處(おんきゅうそくどころ)、小野小町の終焉の地と伝えられる小町百歳堂、松尾芭蕉が詠んだ「大津繪(おおつえ)の筆の初めは何仏」という歌の歌碑、蝉丸法師が庵を結んでいた跡に建立された「三聖祀(さんせいし)」、土中から出て、眼病に霊験あらたかだと伝えられる石造の「篠原薬師」などが存在しています。 また、瑞米山月心寺の入口に組まれた石垣は膳所城の石垣を移築したものであると言われており、実に京の入口に近い近江の文化が集積された場所であると言えます。

 関雪がそもそもこの場所に別邸を営んだ理由も自らの雅号の由来であると同時に、走井庭園の遺物などが散逸することを惜しんだ事から始まっています。敷地が広大なためあわや切り売りされる直前に、その目的の通り、現代に至るまで小町の、蝉丸の、世阿弥の、芭蕉の、明治天皇の足跡がそのままに遺されている場所、それが大津追分の走井居なのです。この走井居と瑞米山月心寺が、お預けした初代 天龍寺慈済院の村上獨譚老師、先代の 村瀬明道尼から巡り巡って昨年から再び橋本家による管理に戻って来ました。

 「これやこの行くも帰るも別れつつ知るも知らぬも逢坂の関(蝉丸)」この歌のように人や縁が集い、そしてまた白沙村荘とは違う新しい文化がここで生まれることを願っています。

走井居座敷

施設情報

白沙村荘(橋本関雪記念館)
京都市左京区浄土寺石橋町37
公式ホームページ

施設の概要はこちら

著者プロフィール

橋本眞次(はしもと・しんじ)
1973年、京都生まれ。
大正・昭和にかけて活躍した日本画家、橋本関雪の曾孫にあたる。
23歳の頃、関雪に興味を持ち父の仕事を手伝いながら資料編纂などに携わる。
現在は白沙村荘 橋本関雪記念館の副館長として活動中。

公式ブログ「京都の庭ブログ」はこちら↓
http://hakusasonso.kyo2.jp/

「白沙村荘の庭から」過去のコラム


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