

一方、お辨當箱博物館は本店に隣接する洋館の2階に2009年に開設されました。
弁当箱を専門に収集しているコレクターは日本でも数は多くないのだそうです。また、弁当箱自体は工芸品コレクションの一部として展示されることはありますが、まとまった数を収集し、常に展示公開している施設はほかにありません。全国的に見ても大変ユニークなミュージアムです。
弁当箱は初代の頃から収集が行われているそうで、一部戦時中の混乱が影響して散逸したものもあるものの、近年の収集品も含め、半兵衛麸が創業した江戸中期から後期、そして近代までの品がそろっています。展示室では約50点ほどの弁当箱や関連資料を見ることができ、季節ごとに随時入れ替えて公開されています。
職人技の極地 ― 変り種弁当箱
より来客をあっと驚かせるようなものが欲しい、と望んだ裕福な商人たちは、職人に惜しみなく財を投じてより趣向をこらした弁当箱を作らせました。
その結果生まれたのが、ユニークな変り種の弁当箱たちです。
展示室の一角に集められた変り種の弁当箱は、一見すると弁当箱とは思えないようなものばかり。豪華な螺鈿細工が施された船の置物は、屋形の部分が重箱になっており、舟を漕ぐ櫂(かい)がお箸になっています。ほかにも、まるでパズルのように小さな小皿や椀に分解することができる茶釜型や家型の弁当箱、食事のあとはそのまま将棋や碁が楽しめる盤型の重箱など実に多彩です。遊び心にあふれた弁当箱はさほど美術に詳しい人でなくても、見ているだけで楽しい気持ちにさせられます。
また、通常漆器は素地作り、デザイン、塗り、装飾、と各工程を分業して制作されますが、弁当箱の場合は、仕上げまでのすべての工程を一人の職人が手がけることが多かったそうです。変り種の弁当箱は、職人にとっても、自らのセンスと高い技術を人々に示す意味を持っていたのでしょう。

碁盤型の重箱。見た目はまさに碁盤そのもの!

器、皿、杯、水筒に分解できる茶釜形弁当箱。

まるでパズルのようです。外側の塗装も鋼の模様がリアルに再現されていて、一見漆器とはわかりません。
店の歴史と格を物語る ― 賜り物
展示室の一角には、「賜り物」と呼ばれる品を集めたスペースがあります。これは他のお弁当箱とは異なり、天皇家や公家、宮内庁から半兵衛麸へと下賜された品々です。
賜り物の品々は、蒔絵の重箱のほか、染付の皿や椀、朱塗の杯、御膳などがそろっており、そこかしこに皇家宮家を示す菊の御紋や、五七の桐紋が施されています。
通常ではまず手に入れられものではありません。江戸時代から御所の御用を長く務めてきた半兵衛麸の歴史と格を示すものと言えます。

こちらは竹製の弁当箱。大きな竹をそのままくりぬいたものなど、形や素材感を生かしたつくりになっているのが特徴です。どこかアジアン雑貨のような雰囲気の籠状のものもあります。

一人旅用の弁当箱。携帯性を考え、コンパクトに収まるように工夫されています。さりげない根付もおしゃれ

金属製の一人用弁当箱。なんと野外で煮物や湯沸しもでき、使い終わったら入れ子で全て水差しに入ってしまう優れもの!

「見た目の面白さや季節感も含めて「食」の場を演出し、楽しむ。それは日本特有の食文化だと思います」と、当日ご案内いただいた本店店長・苅谷さんは仰っていました。
食べ物を弁当箱に詰めて持ち運ぶ習慣は他の国にもあります。しかし弁当箱を単なる容器としてではなく、食事や外出の場を演出する特別なものとして捉える感覚は日本のほかではあまり見られません。実際、海外からの観光客の方は、日本の弁当箱のあまりの多彩さや美しさに大変驚かれる方が多いそうです。
現在では、食材も旬を問わず同じものが年中手に入るようになり、普段の食生活で「季節感」を意識する場面はあまり多くないかもしれません。個食化も進み、大人数で重箱を持って外出するということも、器を時期に合わせていくつも使い分ける、ということも少なくなりました。
「「食」の字は、「人」に「良い」と書きます。人にとって良い効果をもたらすのが食。生き物は必ず物を食べますが、調理方法や味付けを気にするのは人間だけです。そして、盛り付け方や器、季節感にまでこだわりを持つのは日本人独自の感覚でしょう。その大切さを、お弁当箱を通じて後世へ伝えていきたいですね」と苅谷さん。
食べるという場面を大いに楽しみ、季節の移ろいを味わう。昔から受け継がれてきた日本の心が、弁当箱には凝縮されています。つい忘れてしまいがちな豊かな伝統文化の大切さを教えてくれるお辨當箱博物館。一度、足を運んでみてはいかがでしょうか。
(当日は専務の玉置様、本店店長の苅谷様、スタッフの皆さんにご協力を頂きました。この場を借りて御礼申し上げます)
※ 半兵衛麸本店には茶房が併設されており、こちらでは麸やゆばを使った料理「むし養い」を楽しむことができます。
(昼のみ、11:00~16:00/入店は14:30まで/予約制)
※ 姉妹サイト「京のおばんざい」では、半兵衛麸監修のお麸を使ったレシピを紹介しています。こちらもあわせてご覧ください。