※この記事は掲載時(2013年12月)の情報に基づきます。
京都MUSEUM紀行。第十七回【相国寺承天閣美術館】
「禅」と「茶道」― 豊かな五山文化が育んだコレクション
第1展示室には、鹿苑寺(金閣寺)境内の高台にある茶室「夕佳亭」が再現展示されています。茶人・金森宗和が制作に携わったといわれる伝統的数寄屋造の茶室で、ここから見る夕日に照らされた金閣の姿が大変美しいことから名付けられました。承天閣美術館では、夕佳亭の中に毎回実際の茶席を想定した取り合わせで、所蔵する茶道具が展示されています。何故その道具が選ばれたのか、茶席のテーマや主催者の意図を探りながら楽しめます。
禅宗ではあまり仏像がメインとされていないこともあり、承天閣美術館では仏像はそれほど展示されることがありません。唯一、普段から展示されているのがこの不動明王像。元々鹿苑寺(金閣寺)不動堂の脇仏として祀られていたものですが、鎌倉時代の作であった事がその後の調査で判明し、すぐに重要文化財に指定されました。若々しさを感じさせる、凛々しい眼差しが印象的です。
「この美術館のコレクションの柱となっているのが「禅」、そして「茶道」です。この2つはもともとセットなんですよ」と鈴木さんは仰います。
承天閣美術館のコレクションは、書や絵画、工芸品と多岐にわたります。そのなかでも特に充実しているのが、茶道具です。 承天閣美術館の展示室内には茶室「夕佳亭(せっかてい)」の原寸大復元が設けられており、常時茶道具や茶室のしつらえが展示されています。また、企画展においてもお茶に関する展覧会が毎年のように開催されているなど、お茶(茶道)文化に関しては特に力が入れられています。
元々お茶の文化は、鎌倉時代に禅宗と共に中国から日本へ伝わりました。禅宗は鎌倉幕府の執権・北条氏が保護したことで武士たちを中心に広まりましたが、それに伴いお茶の文化も武士たちに伝わり、鎌倉の禅寺を中心に作法が生まれました。 室町時代になると、将軍家・足利氏が京都に拠点を置いたことで、京都でも禅が発展し、禅宗の儀式作法から武家や公家など上流階級の嗜み、芸術や催しとしての文化へと変化していきました。 銀閣寺を建てた足利義政の時代になると、わびた四畳半の小さな部屋のなかで楽しむスタイルが生まれます。これが現在知られる茶道の形へと繋がります。
このように、茶道は禅文化、それと結びついた武家の文化と一緒に歩み、発展してきたというルーツがあります。そのため、武家が建てた禅寺である相国寺、そして承天閣美術館にも彼らが収集していた多数の茶道具が伝わっているのです。
また、禅宗の僧侶たちが修行の一環として自ら絵や書に親しんでいたことも大きな影響を与えました。彼らの多くは中国に留学して大陸の最先端の文化を学んでおり、一流の学者であり文化人としての側面ももっていたのです。中には非常に芸術面に才能を発揮して、専門の絵師として活躍する僧侶「画僧」もいました。すると、有名な画僧に指導を受けようと、絵師たちがお寺に集まるようになり、お寺が一種の文化サロンのような役割を担ったのです。権力者の御用絵師として画壇に君臨した狩野派も、禅僧から水墨画などを学び、日本独自の表現へと発展させていきました。そして寺院と交流を持った絵師たちは作品を寺院に数多く収めたため、益々コレクションが充実したものとなっていったのです。
「このような、相国寺をはじめとした禅宗寺院を拠点に、禅の教えとともに伝わり発展した文化を「五山文化」と呼びます。まさに相国寺は、室町時代の文化のメッカとだったのです。そこで育まれ600年間守り伝えられてきた品が、この美術館にはあります。その歴史に、作品を通じて触れていただければと思います」と鈴木さんは仰っていました。
伊藤若冲が護った相国寺
相国寺と繋がりの深い芸術家は数多くいますが、「奇想の画家」として近年注目を集めている江戸時代の絵師・伊藤若冲もそのひとりです。
若冲は、禅宗に深く帰依した人で、相国寺の住持を務めていた大典(だいてん)和尚と特に懇意にしていました。若冲は師を通じて寺院に伝わる中国や日本の古画に接し、時には直接教えを請うこともあったそうです。
その縁もあって、若冲は鹿苑寺(金閣寺)大書院などの障壁画を手がけたり、自分の作品を多数相国寺に寄進しました。若冲の代表作として名高い『動植綵絵』もその一部です。
『動植綵絵』はもともと30幅で1組の作品ですが、現在その大半は、宮内庁三の丸尚三館(東京)に所蔵されています。これはどういうことなのでしょうか。
明治維新の後、廃仏毀釈のあおりを受け、相国寺は大変困窮した状態となり、このままでは寺の土地を手放さなければならなくなるというところまで至りました。そこで、最後の手段として大切にしていた『動植綵絵』を、当時の宮内省(現在の宮内庁)に献上し、代わりに得たお金で窮地を乗り切りました。いわば若冲が信心を込めて描いた絵が、彼の帰依した相国寺を救ったのです。『動植綵絵』は、平成19年(2007)に行われた企画展で全作品が承天閣美術館に展示され、久々の里帰りを果たしました。
・伊藤若冲「葡萄小禽図」「月夜芭蕉図」(重要文化財)(第2展示室)
第2展示室には、伊藤若冲による鹿苑寺(金閣)の大書院障壁画が常設展示されています。大書院の室内を実物大で再現したセットに展示されているので、実際の雰囲気を味わいながら作品を鑑賞できます。 作品はどちらも水墨画。「動植綵絵」のようなカラフルで極彩色のイメージが強い若冲ですが、彼は水墨画にも優れた才能を発揮しました。「葡萄小禽図」は、葡萄のツタが違い棚や壁全体を実際に這っているかのように、細やかなタッチで活き活きと写実的に描かれています。また「月夜芭蕉図」は大きな壁面全体を使ったダイナミックな構図で南国の風景が描かれており、まるでそこが開けた窓になっているかのような開放感を与えます。
難しそうなことも分かりやすく、仏教の世界に触れられる場所に
「やはりここはお寺の美術館。作品をただ見るだけではなく、作品の背後にある「禅の教え」にも触れてもらいたいと思っています」と鈴木さんは仰います。
例えば、禅僧の書「墨蹟(ぼくせき)」は普通の書とは異なり、それ自体に禅の教えとしての意味が含まれています。しかし、ただ見ているだけではその意味を図ることは一般の人には難しい部分もあります。また、仏教の説話を描いた絵巻には、その裏に意図や教訓なども潜んでいます。実は解説文は鈴木さんが手がけていらっしゃることも多く、毎回どのように禅の教えを含めて伝えるかをとても考慮されているそうです。
取材時に拝見した展示の解説は、時折例え話や、砕けた表現もあり、とても親しみやすくわかりやすい印象を受けました。また、絵巻の解説では、まるで絵本を読んでいるかのような柔らかい文章が添えられています。
「展示品の解説をつける際は、もちろん学芸員の先生方の専門的な解説も参考にします。ですが、それだけではなく、禅寺ならではの視点を含めた独自の解説を作るように心がけています。」
仏教美術と聞くと難しい、とっつきにくいという印象が強く、敷居が高い印象を受けるかもしれません。しかし承天閣美術館では、お寺の側から見る人に視線を合わせ、アプローチをされています。また、別にすぐに理解できなくても、とにかく「触れる機会」を作って欲しい、と鈴木さんは仰っていました。
「例え難しいことでも、小さいうちから見ておいて悪いことはありません。その時すぐに理解できなくても、後々になってときにああそうだったのか、と理解できることもあるはずです。子どものころからそういうものに触れる機会を作っておくことは、必ず人生のプラスになります。この美術館をぜひ、その機会のひとつとして頂きたいですね」
現在、日頃の生活で仏教の文化に直接関わる機会は非常に少なくなりました。しかし、日本の美術や文化には、禅の教えの影響を受けたものが今も確実に息づいています。今度のお休みは少し町の喧騒を離れて、承天閣美術館まで作品の向こうの「禅」に触れに出かけてはいかがでしょうか。
(取材にあたっては、事務局長 鈴木景雲様、広報ご担当 久山弘祐様に多大なご協力を賜りました。この場を借りて、御礼を申し上げます)
相国寺承天閣美術館
所在地
〒602-0898
京都市上京区今出川通烏丸東入ル
開館時間
10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日
年末年始、展示替期間(展覧会の会期中は無休)
お問い合わせ
電話番号:075-241-0423
FAX:075-212-3585
公式サイト
■料金
一般 : 800円(団体700円)
65歳以上・大学生 : 600円
中・高生 : 300円
小学生 : 200円
■交通のご案内
【京都市営地下鉄】
* 烏丸線「今出川」駅下車、徒歩10分
【京都市バス】
* 59、201、203、102系統にて「同志社前」下車、徒歩10分
※ 専用駐車場:有り(無料/自家用車10台分)
京都MUSEUM紀行。アーカイブ
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- 京都MUSEUM紀行。第二回【河井寛次郎記念館】
- 京都MUSEUM紀行。第三回【駒井家住宅】
- 京都MUSEUM紀行。第四回【龍谷ミュージアム】
- 京都MUSEUM紀行。第五回【時雨殿】
- 京都MUSEUM紀行。第六回【京都陶磁器会館】
- 京都MUSEUM紀行。第七回【学校歴史博物館】
- 京都MUSEUM紀行。第八回【幕末維新ミュージアム 霊山歴史館】
- 京都MUSEUM紀行。第九回【新島旧邸】
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